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佐々木嘘さん

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白磁ちゃん

16/08/25 コンテスト(テーマ):第88回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 佐々木嘘 閲覧数:734

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博士がお手製のアンドロイドをくれたのは、積もり積もった雪がいい加減溶けて欲しいと願う真冬の頃。僕の5歳の誕生日だった。

「お誕生日おめでとう緋色!さぁお前にプレゼントだ!」
「え?…なに…この……女の子?」
「そう。この子の名前は白磁と言うんだよ」
「えっ?博士この子誘拐したの?」
「するか馬鹿!白磁は私が作ったんだ!」
「はくじ?」
「天才なこの私が作った緋色の友達さ!」

隣の小汚く薄暗い屋敷に住むのは変わり者で有名だった40代の男、自称天才博士だ。近所ではアイツは頭の狂った危ない人だと言われ敬遠されていたけれど、言葉数も少なく根暗な子どもだった僕は唯一自分に話しかけてくれる博士の作り話の様な体験談を聞くことや面白い工具を見るのがとても好きで、いつも親に隠れこっそり遊びに出かけたりしていた。
糞みたいなものから便利な発明までいつも無邪気に自慢してくれる、そんな博士の機械やガラクタや玩具やゴミで溢れかえる研究室で造られ白磁と名付けられた女の子。

その声は耳がとろけるような甘い声だった。
まるで生きてる人間と違いない白磁は滑らかな動作でにっこりとした表情をつくり、左に軽く首を傾げながら正しい発音で挨拶をする。

「私は白磁だよ。今日からよろしくね、緋色」

ずっと緋色の友達として居られるようにと白磁は毎年僕の誕生日になると修理が行なわれた。生きてる人間と同様にする為一年に一度身体付きのパーツや言動思考機能を全て年相応にアップデートする。こうして僕と白磁は中身も外見も同じように成長を遂げていた。

「緋色、緋色」

白磁は必ず僕の名前を二回続けて呼ぶ癖がある。そう呼ばれる度に僕は頼られる幸福感に満たされ数歩分動きが遅い白磁の手を取りいつも二人一緒に遊んでいた。内気で一人ぼっちだった僕の唯一の友達。大好きな白磁。可愛い白磁。

「おいで。行くよ、白磁」

けれど僕が11歳の夏、博士は急死する。本当に突然だった。心筋梗塞だと誰かが言っていて、独り者の博士の葬儀は行われず自治体の職員によって遺体は火葬される。身寄りがないのか親族は来ようともしないのか、結局その後も屋敷には誰一人として訪れることなくそのまま放置され幽霊屋敷のような状態が続いたけれど、それは僕にはとても都合がよく。白磁の存在を隠しこっそりとそのまま住ませ続けることが出来たんだ。

「いいか、白磁。今日からこの屋敷から出たら駄目なんだよ」
「どうして?博士もどこにいるの?」
「博士は…少し、…遠くに行ってしまったんだ」
「博士はいつ戻って来るの?緋色もどこかへ行くの?」
「行かないよ。僕は絶対、絶対に…白磁の側にいるからね」

約束だよ、と僕達は指切りをした。小さく冷たい白磁の手。
大丈夫。博士が死んでも僕には白磁が居るから一人じゃない。白磁には僕が居る、僕が居ないと、僕が守らないと。
何度も何度もそんな台詞を刷り込ませながら一年また一年が過ぎてゆく。相変わらず僕は人に馴染めることが難しくどこに行っても一人ぼっちだった。それでもきちんと中学を卒業して、高校を卒業して、大学を卒業して、就職をして。

そして気が付けばあれからもう随分と時間が経ってしまっていた。

「…ただいま」
「おかえり。ほら見て、従姉妹の愛ちゃんの結婚式の写真よ。綺麗でしょ?」
「え…ああ。綺麗だね」
「ねぇ緋色、あなたもいい加減に結婚しなさいよ。早く孫を作らないでどうするの」
「わかってるよ母さん…」
「わかってないから独身なんでしょ!もう36歳なのよ!?」
「…わかってるって…」
「それに向かいの奥さんから未だに隣の気持ち悪い屋敷に出入りしてるのを見たって聞いたけど本当なの!?ちゃんと聞いてるの!?緋色!緋色!?」

ああうるさい。煩わしい母の金切り声は脳に響き過ぎて頭痛がする。
ああうるさい!僕は無言のまま帰宅したばかりの家を出て裏道を使い隣の屋敷へと移動した。

「緋色、緋色。いらっしゃい。ねぇ遊ぼう」


合鍵を使い扉を開けると白磁が僕の名前を呼ぶ。いつもと同じように、博士が死んだ年から変わらない11歳の顔をして。だから僕もあの頃みたいに笑うんだ。

「はくじ」

それなのに。
不意に彼女の後ろに佇む大きな鏡に映る現実の顔面はもう30代後半で。白磁は幼いままのに、僕の劣化は止まらない。同じように成長していた筈なのに、僕はこんなにも歳を重ね過ぎてしまったんだ。

「あ、ご…ごめん今日も遊びに来たわけじゃないんだ」
「また今日も研究室へ行くの?つまんない」
「ごめんね。でも全部白磁の為なんだよ」

博士の死後も僕は頻繁に屋敷の地下にある研究室を出入りしていた。勿論昔と違って白磁と遊ぶだけではない。アンドロイドに関する資料をかき集めてそれら全てに目を通し、使えそうな工具を物色する。あの頃博士がしてたように、また白磁を僕と同じように成長させるために。
ただ僕には博士のような専門的な知識も技術もないただの素人で、数十年たった今でもまだ資料を読んで半分も理解することすら難しい。図書室で専門書を熟読したり、パソコンを駆使して調べたり、過去に博士が言っていた研究に関する台詞の記憶を搾り出すように探り出たりと、とにかくどうにかしようと必死だった。

「緋色、緋色。これ何?」
「え?……ああ、それは結婚式の写真だよ」

白磁は僕の鞄の隙間から覗く写真を見つめる。
そこに写っているのは白いウエディングドレスを着た従姉妹の幸せに満ちた笑顔だ。そういえばそのまま持ってきてしまったな。

「けっこん?」
「女の子が男の子にお嫁に行くってこと」
「緋色もいつか誰かにお嫁に行くの?」
「だからお嫁に行くのは女の子だって」
「じゃあ女の子な白磁もお嫁に行くの?」
「え?」
「白磁もお嫁に行くの?」
「…白磁は」

一体何を言ってるんだ?
行ける訳ないだろう。
だって。
だって白磁は。

「ど…どうかなぁ?でも…」
「でも?」
「………いい加減僕も結婚しないといけないんだ」
「そうなんだ。じゃあ緋色にもこんな風に女の人がお嫁に行くんだね」
「!、白磁は!」
「え?」
「僕が白磁以外の女の人と結婚してもそうやって平気で笑っていられるの!?」

手にする資料を床に叩きつけ思わず感情的な声を吐き散らす。その衝撃で机の本が雪崩を起こして埃が宙を舞っていた。白磁は突然声を荒らげた僕に驚いている。その顔を見て、しまった、と瞬時に後悔するけれど。僕はもう本当に、どうしていいかわからないんだ。
自分でも一人で勝手に焦って勝手に苛立っていることくらいわかってる。こんなのただの八つ当たりだと頭では理解してるのに、僕は僕の老化する顔を見る度に怖くて怖くて仕方がないんだよ。
僕だけが置いていかれる不安、劣化してゆく恐怖は日を追うごとにただただ増すばかりで、早くしないともう間に合わない。
白磁にはちゃんとした理論でなく曖昧な言葉は通じないのは知っている。でも人間は欲張りだから、相手に自分の気持ちを汲み取って、慰めて、欲しい言葉をかけてと願ってしまう。

「? 緋色が笑えって言うなら白磁は笑うよ?だって博士がそうプログラムしてるもの」

だけど。
白磁は人間じゃない。嫉妬なんてしない。生きてない。只のアンドロイド。
僕は今日まで何を勘違いしていたんだろう?違う。本当はちゃんと最初から気づいていたんだ。けれど認めてしまうのが怖いから、ずっと騙し騙しに逃げていた。
どんなに待っても、どんなに想っても、白磁が僕を好きになるなんてそんな夢みたいな日は永遠に訪れない。白磁を僕と同じ外見にしたとして、それには一体何の意味があるのだろう。

彼女へのこの感情が恋だとか。
なんて、なんて気持ちが悪いのだ、ろ う ?

「緋色、緋色?なんで泣くの?お腹が痛いの?頭が痛いの?」
「………違うよ…心が…心が痛いんだ」
「心って、なに?白磁のどこにあるの?どんな形なの?」

どうして?どうして?と、瞬きもしない白磁の瞳は只の黒いガラス玉だった。抱きしめる身体に体温も、左胸に心臓の鼓動も、手首に脈もありはしない。
どうして?そんなのはこっちが聞きたいよ。目の前に居るのは確かにちゃんとした女の子の筈なのに、どうしてこの子は生きてはいないんだろう。

博士。
何で白磁をつくったの?
何で白磁を僕にくれたの?
内気でいつも一人ぼっちだった僕の唯一の友達。大好きな白磁。可愛い白磁。でも彼女は人間じゃないのだから。僕は今までも、今日も明日も、死ぬまでずっと、ずっと一人ぼっちじゃないか。

「ははっ…」

白磁だけを心の拠り所にし狭い世界に篭り続けていた。けれどその白磁を除けば、何でも話せる親友も、馬鹿騒ぎをする同級生も、頼りになる同僚も、可愛がってる後輩も、そんなものは一人も居ない。白磁のためだ、なんてひどい嘘だ。結局全部全部白磁を守るのを理由にして人と関わることを避けていた弱い自分を守る言い訳に過ぎない。

「…あはははっ…そんなもの白磁には無いよ。だって……だって、お前はただのつくりものなんだから」

現実から逃げていた代償はあまりに重く、圧し掛かる後悔の念は身勝手な恨みを抱く脆弱な自分に耐えきれるわけがない。
くたびれた36歳の顔面は涙と鼻水で情けないほど汚れ果て、その場にうずくまり僕は吐いた。




「緋色?綺麗な色の名前だね。私は白磁だよ。今日からよろしくね、緋色」


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