1. トップページ
  2. 【最終バスが止まる最後のバス停】

吉岡 幸一さん

性別 男性
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

0

【最終バスが止まる最後のバス停】

16/08/23 コンテスト(テーマ):第115回 時空モノガタリ文学賞 【幽霊 】 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:690

この作品を評価する

 山の上にある神社に向かう階段の下には鳥居があって、その横にはバス停があった。バス停は錆びだらけで、台座のコンクリートはひび割れて苔が生えていた。
 最終バスが止まる最後のバス停、いつもそこに男が立っていた。黒いスーツに黒いワイシャツ、白いネクタイをしめた三十前後の色白の男がバスの来るのをじっと待っていた。
 最後のバス停なのだから、男が乗ってくることはない。誰かがバスから降りて来るのを待っているとしか考えられない。
しかしこのバス停を利用している人に運転手は一度もあったことがなかった。人が乗ることも降りることもないバス停だ。無用のバス停と呼ばれながらも、会社は町からの補助金の関係で仕方なく設置させ続けているようだった。
運転手が男に気付いたのは三週間ほど前の雨の夜だった。男は傘もささずにバス停の横に直立不動の姿勢で立っていた。すでにずぶ濡れで髪の毛はべったりと額にはりつき、白い顔は雨に打たれ続けていた。
乗客が乗っていない空のバスではあったが、運転手はバス停に止まった。
「もう今日バスはありませんよ。それにここは終点ですよ。下りのバス、あ、反対側のバスですけど、明日の朝八時ちょうどです」
 男が頷くのを確かめてからドアを閉めバスを走らせた。
 この日から毎日、運転手は最終バスの時刻に男がバス停に立っているのを見るようになった。男は天候に関係なく、同じ時刻に同じ服を着てまっすぐに最終バスが通り過ぎるのを見ていた。
 運転手は最終バス以外の時間を走る他の運転手に聞いてみたが、誰も男を見たものはいなかった。
「たぶん亡くなった奥さんが以前最終バスを利用していて、その人は毎日迎えに来ていたんじゃないかな。その思い出を忘れられない旦那さんがバス停に来ているんじゃないか。なかなか奥さんの死を受け入れられないんだと思うよ。まあ、勝手な推測だけどな」
 仲間の運転手が冗談ぽく云っていたが、案外それがバス停に立つ男の正体なのではないか、と運転手は思って憐れんだ。
 ある日、白いリボンのついた黒いワンピースを着た三十前後の女がバスに乗った。正確に云うならば、乗ったというより乗っていたと云ったほうが適切だろう。
運転手が気付いたら女は真後ろの席に座っていた。人の乗り降りの多い駅前のバス停から乗ったのかもしれないが、あの最後のバス停に着く間際まで運転手は気付かなかった。
降車を知らせるブザーは押されなかったが、ここで降ろさないわけにはいかない。
「お客さん、あの、終点ですけど…」
 運転手が声をかけると女は黙って立って前の開いたドアから降りていった。目の前には黒いスーツに白いネクタイの男が立っている。見つめ合うふたり、男の顔も女の顔も運転席からは見えないが、震える女の肩が運転手の胸を熱くさせた。
 ドアを閉め、女から運賃を払ってもらうことを忘れたまま運転手は車庫場にバスを走らせた。
 なんだ、奥さんは生きていたんじゃないか。旦那さんがいつ帰ってくるのか知らなかっただけなんだろう。
 そう納得させてみたものの運転手は胸のざわつきを抑えることができなかった。
 翌日、空の最終バスを走らせていつもの最後のバス停の前を通ると、いつもの男と昨夜の女が同じ服を着て並んで立っていた。手を握り合いまっすぐにバスの行く方を見つめている。表情はなく、ただ眼だけがバスの行方を追っている。
 運転手がこのことを同僚に話すと
「きっとバスマニアの夫婦じゃないのか。鉄道と同じようにバスにもマニアがいるらしいからな」
と云って笑っていたが、運転手には何か他の理由があるように思われてならなかった。
 男女が並んで立つようになってから三日後、黒ブレザーに黒い半ズボン、白いランドセルを背負った男の子がバスに乗っていた。運転手はこのときも終点間際まで真後ろに座る男の子の存在に気付かなかった。
「あの、終点だよ、ぼく…」
 最後のバス停に着くと運転手は声をかけてドアを開けた。男の子は駆けるようにバスを降りると立っていた女に抱きついた。隣の男は優しく男の子の頭を撫でている。
「三人は親子ですか。親子が揃うのをここで待っていたんですか」
 思わず立場を忘れて運転手は声をかけたが、男も女も男の子も返事をしなかった。ただ黙って深く頭をさげただけだった。
 手をつないだ三人は神社の鳥居をくぐると、ゆっくりと階段をのぼっていった。
 山の上にお寺があるのなら「幽霊」なんだろうが、山の上には神社があるのだから幽霊ということはないだろう。
 そこが無人の神社ということを運転手は知らない。ただ三人が頭をさげてあげたとき、幸せそうに笑っていた顔が、不安を感じていた運転手の心の底を不思議と暖めた。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン
アドセンス