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因幡雄介さん

第一種冷凍機械責任者兼ライター。個人サークル小説制作所を運営。ホラー・ライトノベルを電子書籍にて出版。 《商業出版した出版社名》 ・インプレス ・竹書房 Amazon、楽天にて書籍発売中(http://inaba20151011.hatenablog.com/)

性別
将来の夢
座右の銘 休めるときに、休んどけ。

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自縛霊

16/08/21 コンテスト(テーマ):第115回 時空モノガタリ文学賞 【幽霊 】 コメント:0件 因幡雄介 閲覧数:576

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 俺は幽霊屋敷と呼ばれる廃虚へ、片手で持てるデジタルビデオを持って踏み入れた。
 恐怖を体験したかったわけじゃない。人間関係に疲れたのだ。人以外のものを見れば、癒やされると思ってここにきた。
 生活は余裕がなさすぎる。朝の満員電車。うっとうしいクレーム電話。業績が悪いからと給料を減らす会社。厳しいノルマをかってに決められて、ヒーヒー言わなきゃならない。
 くだらない。死にたいぐらいだ。
 幽霊はいい。お金がなくても生きていける。食べものがなくても、腹は減らない。
「どうしたらあなたみたいになれるんですか?」と聞いてやろう。出会えればの話だが。死ねばいいと言われたら、楽な死に方でも教えてもらうか。
 この世に未練はない。親がどうなろうと知ったことじゃないし、恋人など生まれたときからいない。負け犬人生まっしぐらだ。
 時代劇にありそうな門をくぐって、ススキがおい茂る庭を歩いていく。重そうな玄関はあっさり開いた。巨大な神棚が待ちかまえている。金持ちはスケールがでかい。
 土足で上がると床がきしんだ。廊下はやたらと長かった。
 書斎があるはずだ。生前家主は本好きで、あらゆる書物を集めていたという。価値のある本があったみたいだけど、霊が出るとかで誰も持っていかなかった。
 ポケットには、タバコを吸うためのライターがあった。霊が出てこなかったら、大切な本をあぶってやろうと思う。罪悪感はなく、子供の頃あおむけになって死んだセミを、ひきちぎって遊んでいたように興奮している。
 ドアが壊れた書斎に入った。でかい。公共図書館みたいだ。
 外は昼間なのに、明かりが入っておらず暗かった。照明が必要だが、電気なんてきてるわけがない。
 窓から光が入っていた。引き寄せられるように向かった。本棚は背丈を超えてそびえたっていた。ずらっと並べられてある。大きな鬼が金棒を持って座っているようだった。
 濃厚なカビと紙の臭い。ホコリが光の中で踊っている。
「わっ!」
 地響きがした。
 なんだ?
 入ってきた入り口近くで、本棚が斜めに倒れている。《人》という字を書いたみたいに、本棚が本棚に支えられていた。ふれた覚えはない。
 床の振動で倒れたのか?
 背中が汗でびしょびしょだった。寒気がしていたはずなのに、体温が上昇している。酸素が薄くなってきて、呼吸が苦しい。
 斜めに倒れた本棚から、書物がバサバサとなだれていた。虫が集まってうごめいているようで、気持ちが悪い。硬直していると、となりの本棚が揺れ始めた。
 ――おっ、おい!
 グラリと床に落ちた。倒される要素はなかったはずだ。またとなりの本棚が足踏みを始める。前と後ろに揺れ始める。
 違う。
 本棚が一斉に揺れ出したのだ。地震が起こったわけじゃないのに。鬼が地獄から亡者を見つけて、笑いながら暴れているようだった。
 窓に向かって逃げ出した。出入り口は、倒れた本棚によってふさがれている。短距離選手になった気分だ。
 安全な場所なんてない。生者を捕まえようと、そばの本棚がグラグラ揺れ出している。地獄から脱出するには、窓を突き破って外に出るしかない。
 すぐ後ろで本棚が倒れた。床が悲鳴を上げる。ぼくたちを置いていかないでと、手をのばして足をつかもうとしているみたいで、恐怖が頂点にまで達してしまった。
 窓に飛び込んだ。古くなっていたおかげで、簡単に突き破ることができた。外に出たあと、金切り声のような悲鳴が屋敷から聞こえた。
 雑草の上を転がり、前腕を土につけ、よつんばいのまま「ぜぃ、ぜぃ」息をする。熱い汗が滝のように流れていた。
 草がざわめいて、
「平気か?」
 助監督がきた。手を振って無事だと伝える。守りきったビデオを献上してやった。
「すごい画が撮れてるな。これは使えるぞ」
 助監督からビデオを受け取った映画監督が、のばした黒ひげを指でさすりながら感心している。
「一発OKだってよ」
「あたりまえだ。俺の役作りは完璧なんだよ。主人公の気分まで作って演技したからな」
 映画のタイトルは《地縛霊》。
 死んだことを受け入れられず、死亡した土地に束縛された霊。
 俺は売れない俳優だ。映画の主役をあきらめきれず、アルバイトでスタントマンをやっている。さっきのはすべて演出。本棚は、監督が主演俳優のファンを無料で雇ってやらせていた。
 ――霊なんているわけが、うっ?
 腰に痛みが走った。ギックリ腰だ。若くない証拠か。
 監督は主演の男性俳優と、美しい女性俳優に演技指導している。腰が痛くて苦しんでいるのがわかっていない。助監督はカメラマンと談笑していた。
 やつらの目には、俺が映っていなかった。
 存在が幽霊のように消えてなくなったみたいで、熱かった汗が氷のように冷たくなり、激痛と震えが止まらなかった。



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