1. トップページ
  2. 訪れなかった冬

本宮晃樹さん

ふつうにサラリーマンをしております。 春夏秋冬、いつでも登山のナイスガイ。 よろしくお願いします。

性別 男性
将来の夢 魁! 不労所得!
座右の銘 定時帰社特攻隊長

投稿済みの作品

0

訪れなかった冬

16/08/18 コンテスト(テーマ):第116回 時空モノガタリ文学賞 【 裏切り 】 コメント:0件 本宮晃樹 閲覧数:848

この作品を評価する

 慌ただしく駆けてくる足音。「艦長!」
 ノックなし、敬礼なし、「サー」なし。ないない尽くしだ。わたしはミサイル管理士官をじろりと睨む。「何事かな?」
「たったいまワシントンが消し飛びました」肩で息をしつつ、「中国の重慶から戦略核を積んだミサイルが発射されたようです」
「今日はエイプリルフールだったかな。こう長いこと深海で遊弋してると季節感がなくなっていかんね」
「艦長、これを。ペンタゴンからです」ミサイル管理士官は巻物みたいに丸まった感熱紙をよこした。笑いながら受け取る。ずいぶん手が込んでいるじゃないか。
 読み進んでいくうちに自分でも笑顔が凍りついていくのがわかった。本物だった。見まちがえようのない長官のサインが末尾に付してある。冷戦がとっくのむかしに終結したこのご時世に、よりにもよって核兵器なんぞがどうして使われなくちゃならない?
「長官が冗談を遺言にする悪趣味な男でなければ」冷や汗が目に入った。「ホワイトハウスごと大統領もくたばったことになるな」
「そうです。ここのところをよく読んでください」
 わたしはそうした。「『核攻撃の決定権は貴艦へ移譲する。合衆国は不滅だ』。ふうむなるほど。よりにもよってなぜうちなんだ?」
「たぶん本土からいちばん近いところにいたからでしょう。電波は海中で減衰しますからね」
 沈黙。
「中国が世界を裏切った、と」ため息をつく。「連中は相互確証破壊と〈核の冬〉さえ知らないほど愚かなのか?」
「核ミサイルを誤射するなんてことがありえますかね。それもワシントンの直上に」
 思わず吹き出してしまった。「ないな」
 一緒になって笑ったあと、管理士官は真顔になった。「艦長。報復するべきかどうか、ご決断を」

     *     *     *

 トムがきみの家をめちゃめちゃにしたとしよう。きみは黙ってやつを野放しにしておくだろうか? きっとやり返すよね。つまり相互確証破壊はそういうことなんだ。
 いくら核兵器が強くても、一発で相手をやっつけることなんかできっこない。そうなると向こうもきっと核兵器で反撃してくるよね。それもたぶん何倍も徹底的に。メタメタにされるってわかってて、トムはきみにちょっかいを出すかな。もちろん出さないはずだ。
 でも第一撃を国の中枢にしたらどうだろう。きみのパパが最初にやられちゃったらどうする? 勇ましくトムの家へ殴り込みにいったはいいが、やつの親父が腕を組んで待ちかまえていたら、やっぱりビビるよね。
 合衆国はその点安心! たとえワシントンがやられちゃっても、核ミサイルを積んだ原子力潜水艦が世界の海に潜んでて、いつでもぶっ放す準備を整えてるんだ。きみがトムをやっつけられなくても、代わりにマイクがやつをぶちのめしてくれる。しかもマイクはどこにいるかぜんぜんわからない。こんな相手にけんかを売るやつはいないよね。
 おまけに百メガトンほども核兵器があれば、都市の燃えカスが舞い上がって地球をすっぽり包み、お日さまの光を届かなくしちゃう。地球は寒くなって人が住めなくなるんだ。これは〈核の冬〉って呼ばれてるんだよ。
 残念だけどいまのところ、核保有国が核兵器を使わない理由は、@相互確証破壊による牽制と、A〈核の冬〉が怖いから。きみが将来合衆国海軍に入るつもりなら、絶対に他国を信用しないこと。いいかい、連中は本当のところ、虎の子をぶっ放したくてうずうずしてるんだから。
 ――相互確証破壊ってなあに? これできみもミサイル管理士官だ! より抜粋

     *     *     *

 合衆国のみなさん、聞いてください!
 今般中華人民共和国から誤射された核ミサイルがわが国に着弾し、多くの無辜の人民の命が失われました。ワシントンは壊滅し、大統領は殉職され、軍の指揮系統はいっとき、完全に麻痺しました。
 通常兵器か大量破壊兵器かはさておき、強硬な報復論が沸騰し、すわ米中戦争かというところまで事態が悪化したことは記憶に新しいかと思います。
 核攻撃による報復をわたしが決断しなかったことについては賛否両論あり、一部では売国奴とさえ揶揄されています。彼らの主張にも一理はあり、そうしたそしりは免れないと自覚しております。
 それでもわたしはあえて言いたい。あの判断は適切であったと! 信じがたいことですが、あれは純然たる事故だったのです。人類に対する裏切りではなしに。
 われわれはすぐさま中国に殴り込むことはできます。そうする代わりに彼らを許し、人類が核兵器を持て余しているという事実を再度、熟考するというのはどうでしょうか。
 七十年を経て、核は久しぶりにわれわれ自身へ向けて撃たれました。次はいつ使われるでしょうか。わたしは未来の人類を信じて断言します。
 もう二度と、そのようなことはないと!


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン