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高橋螢参郎さん

何でもいいから金と機会おくれ

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パペル

16/08/15 コンテスト(テーマ):第114回 時空モノガタリ文学賞 【 パピプペポ 】 コメント:2件 高橋螢参郎 閲覧数:996

時空モノガタリからの選評

まさかの「パピプペポの侵略」によって、徐々に崩壊していく世界。書き手すらも呑み込まれていく物語運びが巧みで、妙に説得力がありました。究極的にシンプルになった世界で最後に残るのは、確かに「黙々と手を動かす」人々、なのかもしれませんね。知識や思考の浅薄さ、不確かさを感じさせられます。また、タイトルにもなっている、バベルならぬPAPELのアイデアが秀逸だと思います。

時空モノガタリK

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「……であるからして、エントロピー増大則に基づきパピプペポが証明されるのであります」
 T教授のいつもと一切変わらない語調の狭間に、その単語は危うく埋もれてしまうところだった。もちろん講義室の学生よりも先に、発話者であるT教授が内心首を傾げていた。
 確かに自分は今、宇宙の熱的死と言ったはずなのだ。一般教養レベルの講義はこれまで何百コマもこなしてきた。今更間違えようもない。ホワイトボードにも、しっかりとした筆跡で宇宙の熱的死、と書いてある。
 錯覚だろう、とT教授は気を取り直し講義を先へと進めた。何より自分で耄碌したなどと思いたくはなかった。頭を使うこの生業で痴呆など、全く笑えない冗談だった。第一パピプペポってなんだ。馬鹿馬鹿しい。
「えー、この現象を最初に提唱したのはヘルムホルツですが、今では考え方そのものが逆転しており、膨張前のパピプペポがそもそもパピプペポであり……」
 今度こそ聞き違えようも、誤魔化しようもなかった。
 T教授は確かにパピプペポと言った。無意識にわざわざ宇宙の熱的死、という言い回しを避けたのにもかかわらず、だ。文脈中の然るべき専門用語がまるで虫にでも食われたかのように抜け落ちて、パピプペポに支配されていた。
 更に恐るべき事に、今度はホワイトボードにまでパピプペポと書いていたのだ。これはもう単語そのものが置換、改竄されたとしか考えられなかったが、そのような仮説を冷静に立てられるほどの余裕は、T教授には残されていなかった。
 講義室はいよいよ学生たちのどよめきで満たされた。T教授に向けられた数多の視線は、処刑場の様相を呈していた。
 T教授は呆然と立ち尽くす中、最後の力を振り絞ってマイクを握った。
「休講にします」
 これまで積み上げてきたもの全てを一日にして完膚なきまでに崩されたT教授は、その日の夜のうちに命を絶った。
 だが異変が起きていたのは、講義室だけではなかったのだ。

 同日の、ほぼ同時刻。すれ違いざまに肩がぶつかったという二人のチンピラが、往来の真ん中でお互いに因縁をつけ合っているところだった。
「コラてめぇからぶつかった癖にいいパピプペポじゃねェか、このパピプペポ野郎。俺にパピプペポ……? とにかく、出させるんじゃねぇぞ」
「は? 何がパピプペポだ馬鹿にしてんのか。上等だパピプペポ。その股からぶらさげてるパピプペポ……捩じ切って……? 手前の口に突っ込んでパピプペポに沈めてやる、から、な……?」
 二人はすっかり白けてしまい、お互い舌打ちだけを残したまま無言で別れる事になった。何か口に出せば、またパピプペポになってしまいそうだったからだ。

 かくして言葉という言葉が、パピプペポの侵略によって容赦なくこの世から駆逐されていった。
 それに伴い小説家、コピーライター、脚本家、アルファブロガー、国語教師といった怪しげな職業は真っ先に絶滅した。次にプログラマーがa.e.i.o.p.u以外の文字を奪われて路頭に迷い始め、新聞、雑誌の類は出版する意味が次第になくなっていった。
 一方であまり影響を受けなかった人々もいた。黙々と手を動かしながら日々をストイックに過ごす職人たちに言葉はさほど関係がなく、漁師の漁獲量、農家の収穫量が突然悪化するような事も当然なかった。
 多くの凡庸な人々もいい加減デスクに向かっている事に疑問を抱き始め、土地の余っている郷里へと帰るなりあちらこちらを開墾し、またあるいは海や山へと繰り出し獲物を求めた。
 そんな中、俗に言う知識人と呼ばれる人種だけが最後まで都会にしがみついていた。T教授のように早々に命を絶ったものも少なくなかったが、このままでは人類の築き上げてきたパピプペポがとお題目を唱えながら、尚も小賢しく生き抜こうとしたパピプペポたちもいた。彼らにはそれしかなかったからだ。
 ある者はパピプペポであるというちっぽけなパピプペポを懸けて、最後のパピプペポを繰り広げようとした。しかし彼らに対する目は冷ややかだった。パピプペポでパピプペポが膨れるならパピプペポはパピプペポ……

(*以降は人ならざるものの記述に委ねるものとする)

 言葉を失った世界は文明を失い純然たる農耕社会まで遡る事となったが、誰も異を唱えるものはいなかった。パピプペポしか言えないからだ。
 ここ、かつてバグダードと呼ばれた都市の南方にあるとされたバビロンの地には、古代天にまで届く塔を建てる計画があった。しかし塔の完成を前に、人は神によりその傲慢を見咎められ言葉を分かたれたという。
 そして人はもはや、神の名を口にする事すら許されなくなった。
 人類が言葉を失う直前、一人の男がその事に気付き、この地を訪れた。知識の薄れゆく中、最後に書き遺した文字が今も残っている。
 PAPEL。気付くのが、遅過ぎたのだ。


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このストーリーに関するコメント

16/09/09 光石七

拝読しました。
古代、その傲慢さゆえに神に言葉を分かたれた人間は、今度は更なる傲慢で言葉を失うのでしょうか。
面白かったです。

16/09/10 高橋螢参郎

>光石七様
コメントありがとうございます。
パピプペポ川柳の本に載せるくらいなのだからもっと何も考えず「ギャハハ!」くらいのお話の方が良かったのかも知れませんが、僕の貧困な発想力ではこれしか出ませんでした。
それにしても後で読み返してみるとジョークセンスがまんま筒井康隆大先生で控えめに言って死にたくなってしまいました。つらい

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