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本宮晃樹さん

ふつうにサラリーマンをしております。 春夏秋冬、いつでも登山のナイスガイ。 よろしくお願いします。

性別 男性
将来の夢 魁! 不労所得!
座右の銘 定時帰社特攻隊長

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恒星間ドッジボール

16/08/13 コンテスト(テーマ):第87回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 本宮晃樹 閲覧数:713

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 電話が鳴った。脊髄反射的に手が伸びて受話器がぶれないよう、がっちりとホールドする。
「お世話になっております」
 これまた脊髄反射的に常套句がこぼれ出る。わたしはうんざりしている。お前なんぞにお世話になっちゃいないという台詞をすんでのところで飲み込んだ。
「その件ですね? 少々お待ちください」
 その件。こいつは傑作だ。毎度本当にばかばかしいったらない。
「はい、それでは失礼いたします」
 できうる限り先方に受話器を置いた音が聞こえないよう、細心の注意を払う。もちろん本当は思い切りガチャ切りしてやりたい心境だった。相変わらずこの顧客はがめつい。ひどいときは千円単位で値切り交渉が始まることもある。
 毎日がこれほどの虚無感とともにすぎていくなんて、誰も教えてはくれなかった。人生にはさしておもしろいことなどなにもないと、どうして誰も前もって教えてくれなかったのだろう。

     *     *     *

 少年のクラスは二時間めのあとにある二十分休みになると、クラス総出でドッジボールをやるのが慣例だった。チャイムが鳴るやいなや教科書を机の上に放り出したまま、みんながいっせいに走り出し、校庭へと向かう。
 器具庫からボールを取ってきて、大急ぎでコートをこしらえ、時間の許す限り全力で遊ぶ。ときには時計の許さない時間までそれが延長されることもあったが、たいていの教師は寛容だった。
 少年は決してドッジボールが得手なほうではなかった。どちらかといえば開始早々に当てられて、外野に回ることのほうが多かった。もちろんそんなことは問題ではなかった。強いやつの球を受けたとき。強いやつの球を優雅な身のこなしでかわしたとき。そしてまれではあったが誰かを当てて、外野送りにしたとき。その一瞬一瞬がたまらなく楽しかったのだ。
 少年は汗をぬぐい、空を見上げる。申しぶんのない青空だった。もちろん空はいつだって青い。加齢によって眼球の受容体が衰えない限りは。

     *     *     *

 仕事の立て込んでいる日なら、わたしだって残業をするにやぶさかではない。おかげで今日は根性なし認定されることなく堂々と帰ってこられた。ちなみに堂々と帰るための時間的な境界は、およそ二十二時とされているようだ(ここを境に義務的に発せられる「お先に失礼します」のトーンに変化が生じるのだ)。
 命からがら帰宅しアパートの郵便受けを開けると、ばさばさとフリーマガジンやら電気代の請求書やら有象無象の広告やらが地面にぶちまけられる。うんざりしながら部屋の鍵を開け、背広を脱ぎ、部屋着に着替える。
 ようやく人心地がついた。夕食を作るのも億劫で、すきっ腹を抱えたまま眠りについてしまう。明日も仕事だ。そして明後日も。もちろんこの先何十年も。もしアンチエイジング技術が発達して寿命が三世紀ほど伸びたらどうなるだろうか? 愚問だ。この先何百年も仕事にいく。それだけだ。
 わたしはもうじき三十路の大台に乗る。自分が大人になったなどとはいままで一度だって確信したことはないし、これからもないだろう。大人なんてたぶんこんなものなのだ。むかしは大人がとてつもなく〈大人〉に見えたものだったが。
 翌日の朝、ポストに入っていたごみの山をろくに確認もせずに捨てようとしたおり、小学校の同窓会の案内状が混じっているのにすんでのところで気がついた。本当に捨てなくてよかった。
 わたしは迷わず「出席」に丸をつける。

     *     *     *

 少年たちは近所の公園の木陰を自分たちの秘密基地にすることに決めた。
 基地には近所の駄菓子屋から仕入れてきた非常食や、町内の悪ガキどもを殲滅するための作戦指令書や、各自の得意な武器などが集められ、おまけに恒星間飛行をやってのける宇宙船まで格納されていた。
 それは少年たちだけが知っている秘密の合言葉を、少年たちだけが知っている秘密の節回しで唱和することによってのみ、地中から出現させることができるのだ。その宇宙船はベガなりアルタイルなりアークトゥルスなりまで、相対性理論なんぞは当たり前のように破って飛んでいくことができた。
「ファルコン号、発進!」
 少年は昨日の晩に家族と見た三流SF映画の宇宙船の名前をそのまま拝借した。
「計器よし!」
 べつの少年が叫んだ。彼はそのときビックスという名前だった。
「オールグリーン。キャプテン、発進準備完了しました」
 三人めの少年がさっと敬礼のまねごとをする。彼はもちろんウエッジだった。
「よし。ワープ航法に入る。総員持ち場に着け!」最初の少年が勇ましく命令を下す。「出撃!」
 宇宙船は首尾よく発進した。何千光年も離れたべつの銀河系に向かって。そしてもちろん、無限に広がる深宇宙へ向かって。

     *     *     *

 同窓会はわたしが期待していたようなものではなかった。
 女はみんなわれわれ男性陣の年収を臆面もなく尋ねてくるし、男は男で自分の社会的地位が気になるとみえ、やはり年収問題に精を出している(四六時中自分のペニスから精を出すだけでは飽き足らず)。
 ちょっと想像してみてほしい。参加者のほぼ全員が訓練された警察犬よろしく、各自の年収がいくらか嗅ぎ回っている同窓会というものを。彼らにはもはや小学校のころの面影は皆無といってよかった。全員が競争社会の犠牲者であり、かつ信奉者に成り下がったのだ。
 これはいったいどういうことなのだろう? ほんの二十年前かそこらまでわたしを含めた彼ら全員、無垢な子どもだったことには賭けてもいい。めいめいが宇宙船のキャプテンであり、魔法少女であり、その他いろいろだったはずだ。
 いまでは女は文字通り膨らんだ胸で男を誘惑するし、男は自分の分身を四六時中膨らませている。わたしたちが膨らませられるのはせいぜいのところ、その程度なのだ。
 こんな婚活パーティーの劣化版みたいなしろものに参加したことを激しく後悔しつつ、どのような理由ならこの地獄からふけられるだろうかと思案していると、二人の男性がどっかとわたしの前にあぐらをかき、無断でグラスにビールを注いだ。
「よう」ビックスがにやりと笑った。「久しぶりだな」
「元気だったか?」ウエッジがあとを引き継ぐ。「ファルコン号のキャプテン」

     *     *     *

 少年たちはくだんの秘密基地で非常食をかじりながら、暮れゆく夕陽に照らされている。そろそろ夕食の時間だ。近所の民家から漂ってくる夕飯どきの匂いと調理の音が、彼らの帰巣本能を刺激する。みんな家に帰りたいのだが、それを最初に言い出すやつは腰抜けなので、ほほえましいがまん大会が始まっているのだ。
 夏の終わり。夕暮れどき。超光速船・ファルコン号は、巡航速度である時速七パーセクで穏やかに航行中。
 キャプテンが突如秘密基地から駆けていって、ジャングルジムに登り始めた。ビックスとウエッジもそれに続く。三人ともてっぺん付近に収まったかっこうだ。
「うわあ!」キャプテンはすばやくジャングルジムを降りていき、わざとらしく地面に転がった。「宇宙人の攻撃だ。ファルコン号、航行不能!」
 ビックスとウエッジは彼の意図を察して、自分たちも同じようにする。
「キャプテン!」ビックスの母親は服を汚すことに寛容でないため、彼は地面に転がるのはほどほどにしておいた。「あの星に不時着します!」
「各員、衝撃に備えてください!」ウエッジの母親は汚れは落とせばよいという考えなので、彼は遠慮しなかった。「衝突まで残り四秒。三、二、一、〇!」
 彼が言い終わったのと同時に三人は勢いよく立ち上がり、走り出した。めいめいの家へ向かってだ。
 温かい夕食と家族が彼らを待っている。

     *     *     *

 わたしたちは同窓会から早々に退散し、むかし懐かしの小学校に潜入した。三人ともしたたかに酔っていたのだ。
 校庭が信じられないほど狭く感じる以外には、特段の変化はなかった。まるでここだけ時間の経過が遅かったかのよう。校舎があって花壇があって遊具があってプールがあって器具庫があって……。それに比べて人間とはなんとぶざまな生きものだろうか? たったの二十年かそこらでこれほどまでに老いるのだから。
「なあ、いまからドッジボール、やるよな?」
 上着をそこらあたりに放り出し、ワイシャツの腕をまくる。肝心のボールはというと器具庫のそばに一個、幸運にも転がっていた。
「よおし」ビックスが乗ってきた。
「お前ら本気かよ」ウエッジは台詞とは裏腹に、わたしよりも早く腕をまくり終えていた。

     *     *     *

 わたしたちは校庭の隅の芝生に入り、ごろりと寝転がっている。夏草の匂いがほのかに香っている。
 ドッジボールの結果はみんなが優勝、ということにしておいた。みんなを勝者にしていけない理由を特段思いつかなかったからだ(今夜くらい月末に発表されるノルマの達成度グラフみたいに、誰かがいちばんになりちがう誰かがビリにならなくてもいいじゃないか?)。
 頭上にはかすかに星が瞬いているのが見える。このなかにベガなりアルタイルなりアークトゥルスなりもあるのだろうか。もちろんあるのだろう。むかしとちがっておいそれとはいけなくなってしまったが。
「あれから何年経ったのかなあ」誰にでもなくつぶやく。「俺たちも歳を取ったよ」
「二十年くらいは経ってるかもな」ビックスが現実を突きつける。
 三人とも押し黙ってしまった。年月の残酷さはいつだって容赦しない。
「そんなに経ってるだなんて俺は信じないね」ウエッジは精いっぱい虚勢を張った「だってそうだろ。俺たちはちょっと前までここでドッジボールをやって、家に帰った先からランドセルだけ放り出してすぐ公園に集まって、今度は宇宙への旅に出かけたもんだ。きっとあんまり宇宙船が速いもんだから、相対論的効果によってとんでもない未来にきちまったにちがいない。たったの二十年ぽっちでここまで世界が変わるだなんて、誰に信じられる?」
「俺たちの生活は便利になったよ」ビックスがぽつりとつぶやく。「なにもかも便利になった。でもそれによって仕事が楽になったか? 俺たちの親父の世代のサラリーマンはそろばんで計算して、紙の帳簿に定規を当てて罫線を引いてたんだぜ。いっぽう俺たちはパソコンでカタカタっとやって、はいおしまい! 何倍も何十倍も仕事は楽になったはずだ。だが世の中には楽になったぶん、より速く走ろうとするやつがいる。みんな負けじとそいつについていくもんだから、結局元の木阿弥さ。〈赤の女王〉みたいなもんだ」
 夏の夜風がそよぐなか、わたしはビックスの言ったことを考えてみた。汎世界的なネットワークのおかげで、わたしたち現代人は全世界の人間を相手に競争しなくてはならなくなりつつある。いっぽう交流を結ぼうと思えば数千人の友だちを作ることも可能だが、それでもなおわたしたちは、誰もが孤独を感じているのだ。なんという悲惨な時代だろう!
「俺たちの宇宙船が!」ウエッジがだしぬけに大声を出す。その声でようやくわれに返った。「ほぼ光速で動いてるとしたらさ、いまどのあたりだろうな?」
「さてね。シリウスを通りすぎてるのだけは確かだと思うよ」シリウスは地球から八光年くらい離れていたはずだ。わたしたちが順調に老けているあいだに、あのすばらしいファルコン号はあんなところまでいってしまった。
「ばか野郎!」ビックスがウエッジの頭をはたく。「俺たちの宇宙船が光速ぽっちしか出せないはずはないだろ。なにがシリウスだよ」
 彼は両手で大きな円を描いてみせる。
「こんなあんばいのでっかいワームホールかなにかを通って、俺たちの住む天の川銀河なんてとっくのむかしに出ていっちまったさ。な、そうだろ?」
 そうにちがいない。わたしたちは半身を起こして、互いにうなずいてみせる。
「そうとも」柄にもなく大声を出した。「俺たちのファルコン号は、宇宙のかなたを目指して進んでるんだ!」


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