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本宮晃樹さん

ふつうにサラリーマンをしております。 春夏秋冬、いつでも登山のナイスガイ。 よろしくお願いします。

性別 男性
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ウルトラプロチョイス

16/08/10 コンテスト(テーマ):第115回 時空モノガタリ文学賞 【幽霊 】 コメント:0件 本宮晃樹 閲覧数:752

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 子どもにできる限りの恩恵を与えたいと思うことが、果たして倫理に悖るのだろうか? わたしはそうは思わない。
「孵化機のご希望はありますか?」医師はつまらなさそうにボールペンを弄んでいる。ルーチンワークにうんざりしていることを隠そうともしない。「なければ〈イヴ〉にしますが」
 ぞんざいにパンフレットを渡された。〈イヴ〉のほかにも〈アフロディテ〉やら〈アテネ〉やらがあるようだが、どれも幹細胞から分化誘導された子宮であることに変わりはない(驚嘆すべき才媛の陰毛から作られたという触れ込みだった。男性はそれをひどくありがたがるらしい……)。
「あのう、自然分娩という選択肢は――」医師の驚愕した表情を見て、口をつぐんだ。「なんでもありません」
「それで、孵化機のご希望は」
 わたしは迷ったふりをしたのち、「〈イヴ〉でお願いします」
「胎児条件は確定してますね?」
「これで」情報保存端末を手渡した。
 パソコンを操作する音。「ご存じだとは思いますが、必ずしもこの通りに発生しないことが往々にしてあります。あらかじめご了承ください」
 わたしはうなずいた。デザイナーベビーといえば聞こえはいいが、実態はギャンブラーベビーに近い。それを担保するため、孵化機を複数台使って「多胎」させるのがセオリーなのだ。そもそも必ず着床して妊娠するとも限らない。したがて「捨て石」がどうしても出てくる。
「七体までならパッケージ料金込みですが、どうされますか」
「基本的なことをお聞きしたいんですが」
「どうぞ」露骨に顔をしかめたのをわたしは見逃さなかった。
「七体発生させて七体とも望み通りに育ってる場合、どうなるんでしょうか」
「まさか七人兄弟をお望みなわけじゃないでしょう」
 わが家の財政状況が瞬時に頭をよぎる。「とても無理です」
 診察室には血のように赤い西日が射している。

     *     *     *

 すべり坂理論をわたしたちはいつまでも恐れているべきなのでしょうか? 多能性幹細胞の量産が可能になり、移植用臓器を自分の皮膚細胞から作れるようになった昨今、いまだに女性が胎内で胎児を育てていることは、わたしにはひどく時代遅れのように思えます。
 二十一世紀に生きるわたしたちが十九世紀に創始された唾棄すべき優生学を――ひいてはその父であるフランシス・ゴールトンをなぜ執拗に怖がる必要があるのでしょうか。誤謬だとわかっている学問に再び踊らされるほど、わたしたちは愚かではないはずです。
 遺伝病や明らかに有害な形質を受精卵から排除するというささやかな願望が、果たして科学的根拠のない人種差別を下敷きにした大量虐殺に再び発展するでしょうか? そうなるとはとうてい考えられません。わたしたちは節度をもって、優生学へのすべり坂にブレーキをかけることができるでしょう。
 いっそのことこうしてはどうでしょうか。精子も卵子もあらかじめ採取し、凍結保存しておくのです。キャリアが軌道に乗って子どもがほしくなったときにそれらを解凍・成熟させ、体外受精させる。あとは孵化機が胎内の代わりを務めてくれますね。
 これにてわたしたち女性は、ようやく妊娠という虜囚生活から永遠に解放されるのです!
 ――フェミニスト団体〈妊娠解放戦線〉の決意表明より一部抜粋

     *     *     *

「おめでとうございます」言葉とは対照的に、医師はまったく無表情だった。「一体がおおむねお望み通り、発生してますよ」
「ありがとうございます」安堵と同時に不安がもたげてくる。「残りの六体は……?」
「破棄していいですね?」いまにも孵化機に王水を流し込みそうなようす。「今日ご足労願ったのはそれでしてね。クライアントの同意がいるんです」
「ちょっと考えさせてください」
 ぞんざいに書類を渡された。「ご希望のデザインとの一致率です。八十二パーセント、遺伝病に関わる欠陥はなし。申しぶんありませんよ」
「ほかの子たちの書類はありますか」
「もちろんありますが」医師はあからさまにいらいらしている。「こうおっしゃる?『あたしは自分で望んでおいて、最高の出来栄えの個体を選ばない!』」
 観念した。「この子たち、どうなるんでしょうか」
「献体や化粧品の原料に使われます。もちろん売却益のマージンはお支払いしますよ」
 売却マージン?「けっこうです」
 医師は肩をすくめた。「これにサインをお願いします」
 わたしはそうした。だってほかにどうしようがある? これはやむをえない犠牲なのだ。遺伝子改変技術がもっと洗練化されるまでの。
 すらすらとサインをした瞬間、わたしは確かに見た。
 六体のゆらめく影が天から垂らされた糸に群がっているのを。それを垂らしているのはもちろん、微笑を浮かべたゴールトンの亡霊だった。


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