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泉 鳴巳さん

泉 鳴巳(いずみ なるみ)と申します。 煙と珈琲とすこしふしぎな方のSFが好きです。文章を書くことが好きです。短編が好きです。 まだまだ拙いですが皆様の作品を拝読して勉強させて頂きたいと思います。宜しくお願い申し上げます。 HP:http://izmnrm.wpblog.jp/ Twitter:@Narumiluminous

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ミスター・ノーネーム

16/08/10 コンテスト(テーマ):第115回 時空モノガタリ文学賞 【幽霊 】 コメント:6件 泉 鳴巳 閲覧数:979

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 ――それを“心霊現象”の一言で片付けるには、あまりにも不可解な出来事だった。

 「とある看板写真に、およそ看板の内容にそぐわない謎の人物が写り込んでいる」、発端はそんな、ティーンたちによる他愛もない噂だった。
 驚きは九日しか続かないと言うが、“彼”の噂も有象無象の風聞と共に、すぐに風化してしまうだろうと思われた。
 ……しかし、そうはならなかった。
 看板や広告の中に紛れ込むようにして、スーツ姿にシルクハットを被った男が、この街の至る所で次々と目撃されるようになったのだ。
 その英国紳士風の男はまさに神出鬼没だった。地下鉄のポスターに、選挙の看板に、そして時には店頭に並んだ雑誌の表紙に。そして――これがこの事件の最も奇妙な点なのだが――多数の目に触れた後には、跡形もなく消えてしまうのだ。
 人々の間で彼の情報は伝播し、彼を目にする人も増えていった。新興宗教団体やオカルト研究者たちがこぞって調査に乗り出し、遂には「WHO IS HE ?(彼は一体誰なんだ)」という見出しが地方紙の一面を飾った。
 彼はどこから現れ、どこへ消えるのか? どうして看板やポスターに紛れ込むのか? 街はちょっとした騒ぎになっていた。
 他愛もない噂話だと取り合わなかった警察も、とうとう真相究明に乗り出した。
 彼らの目的は一つ。即ち、市民を惑わす愉快犯を逮捕することだ。当然ながら、警察はこの事件を“人の手によるいたずら”だと考えていた。
 指紋採集、聞き取り調査、果ては監視カメラによる監視も行われた。しかし、怪しい指紋は見つからず、監視カメラや聞き取りも全く成果が無かった。

 この頃には、誰が呼び始めたか定かでないが、彼は『ミスター・ノーネーム』と呼ばれ親しまれるようになった。
 親しまれる? 貴方は疑問に思ったかもしれない。出現と消滅を繰り返す不気味な人物が何故、と。
 理由は色々とあるのだろうが、彼が現れるのは屋外の看板や公共の場所に限ること、そして彼の姿や表情は、とても人を呪う悪霊には見えなかったこと。これらは人々の恐怖よりも興味を掻き立てたのだった。
 人々の間には時とともに、彼の人物像について共通認識が出来上がっていった。それは概ね次のようなものだ。

 1.彼は英国で生まれ、この街で死んだ人間の幽霊である。
 2.彼は生前、この街が大好きだった。街への愛着が深すぎるが故に、死してなお街の至る所に現れる。
 3.彼は、人々を驚かせないようこっそりと現れているつもりだ。だから目撃された時はいつもバツの悪そうな笑顔を浮かべている。

 更には、ミスター・ノーネームを見ると幸せになれるなどという噂まで、まことしやかに囁かれるようにまでなっていた。
 こうした認識が拡がっていった結果、いつしか彼は“街の人気者”の地位を確立していた。

 この事態を、面白く思わない人たちがいた。警察である。
 警察は、善良なる市民たちが、愉快犯に踊らされていると信じてやまなかった。
 だが犯人は決して尻尾を見せない。組織の中には苛立ちが蔓延していた。そして遂には強攻策に打って出た。
 警察は、彼がとある看板に出現したのを確認すると、すぐさま広告主に連絡をつけた。そして速やかに看板を撤去しようと人員を派遣した。
 だがこの行為に、市民、そしてメディアから猛反発が起こった。
 警察は持ち主の許可を得た正当な行為だと主張を繰り返したが、人々の怒りは収まらなかった。
 遂には、市民らが警官らを取り囲む事態にまで発展した。衝突すれば怪我人の発生は避けられない。運が悪ければ死者も出かねない事態だった。
 そんな一触即発の空気の中、突如として警官たちが慌て出した。いつの間にか抱えた看板から、彼の姿が消えていたのだ。
 誰かが叫んだ。「おい! あれを見ろ!」
 市民も、カメラマンも、警官も、一斉にそちらを見た。
 彼らの視線の先には、ビル看板の大ディスプレイに写る彼の姿があった。
 ミスター・ノーネームは、今にも泣き出しそうな顔で、目に涙を浮かべていた。
 また誰かが言った。「彼は悲しんでいる」
 彼は、人々の呆然とした視線を受け止めた後、霧が晴れるように消え去った。


 ――その後、彼が出現することは二度と無かった。
 ミスター・ノーネームとは何だったのか? その答えは現在でも分かっていない。
 彼を撮影したとされる写真や映像にも、彼が存在した証拠は何一つ残っていなかった。
 幻覚。集団ヒステリー。彼を“科学的に”分析することはできる。
 しかし一つだけ確かなのは、彼は市民に心から愛されていたということだ。

 私はカフェの二階席から街並みに行き交う車を眺めた。
 中古車にも、高級車にも、リアウインドウに貼られたステッカーには、照れ臭そうに微笑む彼の姿があった。




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このストーリーに関するコメント

16/08/11 上村夏樹

拝読しました。

不思議な現象の真相が気になり、読む手が止まりませんでした。

街を愛するミスター・ノーネームにとって、警官と市民の戦いは望んでいたはずもなく、ましてや自分が原因となれば、とても胸が痛かったと思います。

最後までミスター・ノーネーム現象の謎は明らかにはなりませんでしたが、彼が市民に愛されている様子にほっこりできる、温かいお話でした。面白かったです!

16/08/11 あずみの白馬

ミスター・ノーネームは何者なのか、最後までなぞのまま終わりました。
そこがいろいろと想像をかきたてられていくのが、この作品最大の面白さだったと思います。
最後に出てきたミスター・ノーネームはただのステッカーなのか、それとも……?

16/08/12 クナリ

読んでいてわくわくしてくる発想と設定、ネーミングも含めてとても良かったです。

16/08/18 泉 鳴巳

上村夏樹 様

初めて都市伝説風(?)の書き方をしてみましたので、ご感想大変嬉しいです!
私自身オカルトや都市伝説が大好きなのですが、真相究明というより“謎は謎のままで”派なので、敢えてそのままにしてみました。
お読み頂きありがとうございました。



あずみの白馬 様

答えは読者の頭の中にあるのです……なんてことまでは考えていませんでしたが、正体(?)は敢えてぼかしてみました。
最後のステッカーは街の有志による自作品ですが、もしその中に本物が紛れ込んでいたとしてもきっと分からないですね!
お読み頂きありがとうございました。



クナリ 様

お褒め頂きありがとうございます!
オカルト系のサイトを閲覧していて、(ちょうど今テーマが「幽霊」だなあ……)と思い記事風の書き方をしてみました。難しかったですが書いていてとても楽しかったです。
お読み頂きありがとうございました。

16/09/09 泉 鳴巳

海月漂 様

爽やかとのご感想ありがとうございます。都市伝説風の枠組みで少し変わったことがしたかったので、ご感想大変嬉しいです。
お読み頂きありがとうございました!

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