1. トップページ
  2. 露と消えにし

永春さん

短編が好きで、紹介されて登録してみました。 どんなジャンルでも書きます。 修行の日々です。

性別 男性
将来の夢 おかねがほしい
座右の銘 やさしさを失わないでくれ。 弱いものをいたわり、 互いに助け合い、 どこの国の人たちとも友だちになろうとする気持ちを失わないでくれ。 たとえ、その気持ちが何百回裏切られようと。 それがわたしの最後の願いだ ――ウルトラマンA(エース)

投稿済みの作品

1

露と消えにし

16/08/05 コンテスト(テーマ):第114回 時空モノガタリ文学賞 【 パピプペポ 】 コメント:0件 永春 閲覧数:492

この作品を評価する

 きらり明星輝く夕暮れ、病に伏していた男は無理に起き上がり庭へ出た。傍らで支えるは実子、鈴木某(なにがし)という若者。

「父上、お体に障ります」
「えい、黙れ。寝て過ごしても死期を待つパピプじゃ。好きにさせよ」

 そこはあまり豪勢ではない、低い塀に囲まれた地味な屋敷であった。男がここで養生していることは某以外誰も知らない。国主が伏せったとなれば見舞いという名目で容態を測りに来る者が後を絶たず、それが病体にとって良いことでないのは自明である。
 二人は縁側に腰を掛ける。空の火はもう落ちかかり、山の端をちりちりと焦がすのみだ。ペポペポペポ。日暮が鳴く。日暮、今宵に向かいて、心にうつりゆくよしなし事を、ただ叫べるペポ。

「ペポペポ、とな」

 某は怪訝な顔で父の戯れ言を見守る。けれども愉快である。父は愉快であり、某もまた笑みをこぼした。これはこれで良い宵ではないか。蛍の一、二匹飛び交えばこの上ないが、あいにく水辺は離れている。

「儂が死んだらな」

 男は縁起でもない前置きをして枯葉のような唇を震わせた。

「葬儀はやらんと言え。やりたい奴で勝手にやれと」
「なぜです」
「それでな、襲ってしまえ。勝手に葬儀をやった者と参列した者をみな始末すれば、お前の敵はいなくなる」

 そう言って毒蛇のように笑う。策謀家と名高い男らしい提案だ。けれど某はきっぱりと首を振った。

「父上の葬儀の場を血で汚したくはございません」
「何を格好つけておるか。利用できる物は全て使えと教えただろう。どんな外道な振る舞いでも、貫き通せば咎められぬ。何事も、極めしものは武器となる」

 それは平生から口にしていた信条であった。男はそれを体現し、下剋上の世で一国の主となり、多くの家来を従えて長く君臨したのだ。
 やがて、男はゆっくりと目を閉じて呟いた。

「露と落ち、露と消えにし、パピプペポ――」

 某には、男の体から何かがすうっと抜けて行くように見えた。
 呼び止めるのは無粋というものだ。それは赤みの引いた夜空に真っ直ぐと、高く昇っていった。
 大きな滴が一、二粒落ちて、庭の土を濡らした。



 男が死去してしばらくの月日が流れた。某が葬儀を行わないと言い出した為に日取りが決まらず、ずるずると秋口に差し掛かっていた。やがて痺れを切らした家老、沖田の下で葬儀は執り行われた。

「全く、若様は何をしておるのか……」
「かような者が跡取りなど。鈴木家は斜陽かのう」

 呼び立てた高名な僧が念仏を唱え始めても某は現れず、家来は口々に不満を漏らし始めた。
 すると廊下を乱暴に渡る足音が響き、某が勢いよく障子を開いて葬儀の間へ入った。

「若様!?」

 某は手に升を持っており、焼香台に近付くとその中のものを香炉へぶちまけた。ぶわっと巻きあがる灰と共に、酒の匂いが部屋中にたちこめた。

「たわけ共、父が斯様な抹香の匂いを好むか」

 豪快に笑うと、続けて参列者へ言い放った。

「二度と若様と呼ぶな。今日から儂が当主だ。異論のある者は?」

 場は凍りついている。厳粛な葬儀の場にて斯様な振る舞い、到底許すわけにはいかなかったが、某は帯刀していた。当主の葬儀に刀を持ち込む阿呆はいない。この場は皆、頭を下げるほかなかった。

「はっはっは! 良き目だ。暴君と陰口を叩くも、やはり父を慕うておったのだな。子としては嬉しい限りだが、当主としてそれでは困る。パピプの為に尽くせぬ者は鈴木家から去ね」

 言い置くと、某は颯爽と場を後にした。



 風吹けば、上着が一枚欲しくなる。もみじの葉は紅に染まり、遠山と空の色彩は見事な自然美を作り出していた。
 父の置き土産。彼を嫌っていた者はこの一件で溜飲が下がり、慕っていた者は気を入れ直したであろう。外部の圧に向けて盤石とは言い難いが、某が羽ばたく地盤は固められた。感謝の念を抱きながら、某は一句口ずさんだ。

「月みれば、ちぢにものこそ、悲しけれ。パピプ一つの、秋にはあらねど……」

 ペポペポペポ。どこか遠くで、日暮の声が聞こえた気がした。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン
アドセンス

新着作品

ピックアップ作品