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たんぽぽ3085さん

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御会式の夜

16/08/02 コンテスト(テーマ):第115回 時空モノガタリ文学賞 【幽霊 】 コメント:0件 たんぽぽ3085 閲覧数:442

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御会式は、享和・文化文政の頃から日蓮上人の忌日を中心とした、
毎年10月16日から18日に行われている伝統行事。
和紙の花を一面に付けた大きな万灯を掲げて、
町内ごとに、各々の調子で団扇太鼓を叩きながら、鬼子母神まで練り歩く。 
冴子は幼年期を雑司ヶ谷の、鬼子母神にほど近い所で過ごしたから、
毎年のようにこの熱狂的な行進を目にしてきた。
近所の子どもたちと一緒に行列に加わり、
たくさんのお菓子などを貰うことが楽しみだった。

その夜は会社での仕事が長引いてしまい、
池袋に到着した頃には、街にはすでに人が溢れ返っていて、
歩道を歩くのも難儀な状態だった。
最終日だ。御会式は間もなくクライマックスを迎える。

太鼓の音が乱舞する中を、カップルや家族連れや
祭り衣装の男女がひしめき合って歩いて行く。
浅草のサンバカーニバルの雰囲気に似ているように思う。
熱狂的な高ぶりを街全体が共有し、心から楽しんでいる。

ほぼ25年ぶりに触れる御会式の熱狂が胸に沁みた。
夫のこと、仕事のこと…。様々なストレスに曝されたここ数ヶ月だった。
冴子にとっては、まるで答えのない問題集を抱えて
悩み悶え過ごした受験生の日々のようにも感じられる。

人生にある種の諦めの感情が芽生え始めていた冴子にとって、
目の前の喧騒は幼時の幸せだった記憶につながるものだ。

懐かしさに浸る冴子の目の前に、
すぐ前を歩く人のパナマ帽が揺れていた。
はて、どこか見覚えのある臙脂色の帽子だった。
隣りを歩く女性は、落ち着いた緑色の着物姿。
これもまた、どこかで見た記憶があるような気がした。

2人は50代半ばくらいか?仲睦まじく何やら言葉を交わしている。
たぶん夫婦なのだろう。
羨ましいくらい親密な様子に、冴子は気を惹かれた。

自分と、別れた夫には辿り着けなかった
幸福な人生時間を共有している2人ね。
そんなことを思いながら2人の後ろに続いて歩いた。

団扇太鼓のリズムに包まれながら、歩道の人の列が
口々に歓声を上げながらゆっくりと進んで行く。

前を行く女性が、夫に話しかけるために横顔を見せたとき、
冴子は大げさではなく息が詰まるほどの衝撃を受けた。

母だ。左目の下のほくろも記憶のまま。でも、まさか…。

言葉が口からこぼれそうになった瞬間、パナマ帽の男が振り返った。
今度はあやうく悲鳴を上げそうになった。

父だ。…間違いない。

12年前に父母を亡くした。母が癌で…、その後を追うようにして、
半年後に亡くなった父。
ただ、万灯の光に照らされた父の顔は、
母を亡くしてから鬱状態に堕ち入り
暗く心を閉ざしていた当時の父の顔ではなかった。
冴子の記憶の中に生きている、
自信と優しさに満ちた父の顔がそこにあった。

次の瞬間、喧騒と一緒に、現実感がすっと引いていった。
万灯の光と行列の躍動が音のない動画になる。

「冴子、きみは優しい、いい娘だ」
男の声だけが静寂に起ち上がる。

確かに父の声だ。何?何がどうなってるの?

次に冴子の周りから、あれほど密集していた人の姿が一切消えた。
音も人も失せた夜の街に、自分と2人の夫婦、いや、
冴子の両親だ。その3人だけがいた。

「自分を責めるんじゃないぞ。それじゃなんの解決にもならない」

「そうよ、冴子。自分を大切にね。あなたはわたしたちの自慢の娘よ」

「きみがそんなじゃ、おちおち死んでもいられないからな」

冗談を言う時、父の声は少し高くなった。
そして恥ずかしそうに小さく笑う。
ああ、生きていた頃の父そのままだ。

「きみは大丈夫さ、冴子」

「あなたにまた会えて嬉しかったわよ、冴子」

お父さん、お母さん!

なぜか声に出せない。冴子の目から涙が伝う。
父に縋り付こうとした瞬間、

カンカンカンカン カンカンカンカン

いきなり団扇太鼓の音と街の熱狂が戻ってきた。
同時に目の前の2人の姿は消えていた。

混乱した頭で涙を拭う冴子が、
足下に落ちていた一葉の写真に目を留める。

拾い上げると、古びて色あせた写真の中に、
両親に挟まれて満面の笑みを浮かべる、
祭り法被を着た少女の頃の冴子がいた。




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