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高橋螢参郎さん

何でもいいから金と機会おくれ

性別 女性
将来の夢 二次元に入って箱崎星梨花ちゃんと結婚します
座右の銘 黙り虫、壁を破る

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ダンスは上手く踊れない

16/08/01 コンテスト(テーマ):第113回 時空モノガタリ文学賞 【 ダンス 】 コメント:0件 高橋螢参郎 閲覧数:424

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「こりゃ、どう見ても心神耗弱狙いだな」
 先に昼飯を食い終えていた同僚の村木が、僕の遥か後ろにある定食屋のTVを観ながらそうこぼした。
 当然ここからでは見えないが、僕も耳だけはずっとそばだてていた。ニュースが連日伝えているのは、先年起きた障害者施設襲撃事件の第一審についてだ。
 事件の仔細は食事中ゆえ省かせて貰うが、弁護士事務所に所属している僕らでもさじを投げたくなるような人数を殺している。死刑は免れないだろう。近年稀にみる凄惨さに、どこの局のカメラも裁判の動向に注目していた。
 加えて視聴者の耳目を引いたのが、犯人が証言したとされる犯行動機だった。
「僕も彼らも、ダンスが上手く踊れなかったから」
 その特徴的なフレーズは、この番組でもまたナレーターの口を借りて読み上げられた。
 何かの暗喩なのか。それとも精神鑑定へと持ち込もうとしているのか。
 いずれにせよ大量に人を殺したという強烈なバイアスによって、どこにでもいそうな顔をしたフリーターの青年はインターネットの一部では神格化すらされているらしかった。
「勝てない勝負だからといってこういう逃げ方をさせるのも、なあ」
 村木は忌々しげに言った。この言葉を弁護士の入れ知恵だと信じて、一切疑っていない様子だった。
 学生時代ずっとラグビーに打ち込んで鍛えたという太い首に巻かれたネクタイを窮屈そうに緩めると、村木はお茶のおかわりを貰いに席を立った。その背中は今でも荒波に削られた一枚の巌のように頼もしく屹立して、彼の生き方そのままを映し出していた。
「長谷川もそう思うよな?」
 お茶をなみなみに注いで持ち帰ってきた村木に、ああ、と僕は答えた。
司法試験の時に嫌というほど紐解いた過去の判例から見ても、こういった手に負えない事件はむしろいっそ開き直れるのか、少しでも名を挙げたい弁護士たちの射爆場にされる事はままある。確かにそういった現状については、僕もあまり良し、としたくはなかったが。
「こういう手合いは、そうでもしなきゃ仕事がないんだろうけどな」
 そんな村木が今日食べていたのは日替わりのマグロカツ定食だった。
 共喰いだな、と僕は密かに笑った。真っ直ぐ、休む暇なく泳ぎ続けなければ生きていけないマグロは村木にそっくりだと、この間ふと水族館に行った時に思った。
 多分あの犯人の発言の真意は、村木には、いや、日本国民の大多数には永遠に解らないだろう。

 その日の夜、早く帰る事が出来た僕は家へ戻るなり、真っ先に居間のTVを点けた。特にこれと言って観たい番組があるわけではないのだが、独り身だとすぐ部屋が無音になってしまうのが嫌だった。
 TVの画面では若い女性に人気のパフォーマンス・グループが歌とともに、一糸乱れぬダンスを集団で披露していた。僕は缶ビールを片手に、それをしばしぼうっと眺めた。
 つまるところ、ダンスとは調和だ。あの中の誰か一人でもレベルが低ければ、全体が駄目になってしまう。当然、誰にでもできるような代物ではないはずだ。
 少なくとも、僕には無理だった。
 忘れもしない、中学校の体育の時間。創作ダンスと銘打たれた拷問のような授業で、僕は生まれて初めて本当の絶望を思い知らされた。全くと言っていいほど、ダンスが踊れなかったのだ。
 それまで、自分は少なくとも何事もそつなくこなせるタイプの人間なのだと信じ切っていた。テストの成績はもちろん、運動も勉強に比べれば特筆するほどでもなかったが、及第点は取れていた。
 だが、ダンスだけはどうしても駄目だった。リズム感がないのか、どうしても周りについていけなかった。その事実は若かった僕の自尊心をひどく傷つけた。そんなくだらない事、と思われるかもしれないが、殊少年時代において、体育の出来不出来が占める割合は大きかった。何よりも個人の能力の問題ではなく、周りの人間の標準についていけない事がどれほど苦痛だったか。僕は今でもあの日舐めた辛酸を忘れられなかった。
 世の中とは、皆で死ぬまでひとつのダンスを踊り続けているようなものだ。下手だったり、動きを止めたりすればいやでも目立つ。村木のように上手く踊れる者は、あの言葉が青年の人生というものに対する率直な感想である事に、一生気付く事はない。
 僕もそれを知っているからと言って、青年の弁護に回るかというとそんな事はなかった。僕は僕でダンスが実は苦手な事を隠しながら、毎日それなりのステップを踏んでみせる事に必死なのだ。
 僕はTVを消してソファを動かすと、静かになった部屋で独り踊ってみた。
 ワン・ツー・スリー。ワン・ツー・スリー……。
 単純なリズムでも、やはり僕の足は簡単にもつれた。
 それでも僕はしばらくの間、必死で踊り続けた。僕らの足元にはどこまでも焼けた鉄板が広がっているんだぞと、言い聞かせながら。


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