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ポテトチップスさん

20代の頃、小説家を目指していました。 ですが実力がないと自覚し、小説家の夢を諦めました。ですが最近になって、やっぱり小説家の夢を追い求めたい自分がいることに気づきました。久方ぶりに、時空モノガタリ文学賞に参加させて頂きます。 ブログで小説を書いてます。http://www.potetoykk.com

性別 男性
将来の夢 太宰治賞もしくは北日本文学賞で最終選考に残ることです。
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71年後のナイン

16/08/01 コンテスト(テーマ):第115回 時空モノガタリ文学賞 【幽霊 】 コメント:0件 ポテトチップス 閲覧数:636

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 銀蔵は薄っすらとした意識で天井を見つめていた。開けている目からは、もう光しか感じられなく、今は昼なのかどうかさへ分からなかった。遠くなる耳に妻や息子夫婦、それに今年高校生になる孫の声が小さく聞えた。
 俺の命はついに尽きるのか。死んだらきっと、1人であの世に行き、光があるのか無いのか分からない世界で、輪廻の時が来るまで、じっと膝を抱えて孤独に待つのだろうかと思った。
 誰かが銀蔵の手を握ぎる。怖い死に顔だけは嫌で、せめて眼だけは瞑ろとしたが瞼が動かない。
「父さん」
「お爺ちゃん!」
「アナタ、まだあの世に行かないでね」
 89年の人生の中で、死にかけた事や、窮地に陥ったことは何度かあった、その度に何とか生きようともがいて来たが、今はもう天命に抗おうとは思わなかった。自分の死を真正面から受け入れて死ねる事に、俺は恵まれていると薄らぐ意識で思った。
『野球しようぜ!』
突然の懐かしい声に、銀蔵は「アッ」と小さく呻いた。
「父さん、どうしたんだ?」
 息子の吾郎の声が、耳元で聞こえる。
『おい、銀蔵! 早く野球しようぜ!』
 光しか感じられなかった眼に、ユニホームを着た7人の青年が見えた。
 ――なんでオマエらがいるんだ。
 『銀蔵、試合始まっちゃうぞ! ホラ早く行こうぜ!』
 ユニホームを着た7人は、笑顔で銀蔵を見下ろしている。
 ――オマエら、生きてたのか?
『何言ってんだよ銀蔵。もう待ちくたびれちゃったよ』
 ――オマエら、てっきり戦争で死んだものとばかり思っていたから。
『ピッチャーとキャッチャーがいなくちゃ、野球できないだろ。銀蔵の豪速球を見たら、相手チームも驚くだろうな』
 ――庄吉はどうした?
 銀蔵は周囲に目を走らせたが、キャッチャーの庄吉の姿が見当たらない。
「父さん、目から涙流してるよ」
「アナタ、苦しいの? まだ死なないで」
 吾郎と美津子の声が聞こえ、その声で銀蔵は我に返った。美津子には苦労ばかりかけた。癇癪持ちだった自分に、よくぞ三下り半を叩きつけることなく、最期まで夫婦でいてくれたと、感謝の気持ちが心の底から湧いてきた。今だったら、感謝の気持ちを柄にもなく伝えることができそうに感じた。
 銀蔵は、小さく唸り声をあげた。
「何が言いたいの? 苦しいの?」
 美津子の泣き声が低く震えて聞こえる。
「父さん、苦しいのか? どこか痛いのか?」
 吾郎の声も悲しみが滲んでいる。
『お〜い! 待たせたな!』
 何処かで聞いた古い声に、銀蔵は声のする方に顔を向けた。
 ユニホームを着た7人が、手を振って庄吉を迎える。ユニホーム姿の若き日の庄吉は、笑顔で片手を上げ近づいて来た。
 ――庄吉! 
 銀蔵は、なぜみんながここにいるのかが分からず、彼らを見渡した。
『銀蔵、何してんだよ。早くユニホーム着て試合しようぜ!』
 庄吉は、キャッチャーミットを右手の拳で叩きながら笑った。銀蔵は仲間に会えて嬉しかった。すると体が軽く感じはじめ、ジャンプすれば体が浮き上がりそうに感じた。
 突然、大きな音が聞こえてきた。何だろうと銀蔵は思い、すぐに電話の音だと分かった。しばらくして、美津子の声が耳元で聞こえた。
「アナタ、庄吉さんがつい先ほど亡くなられたそうよ。庄吉さんと一緒に、あの世に行けるわね。これで寂しくないわね」
 銀蔵は庄吉を見た。庄吉は優しい顔で銀蔵を見下ろしている。ユニホームを着た8人が、銀蔵の右腕を掴んで持ち上げる。家族の誰かが、旅立つのを引き留めるように、左腕を強く握っていた。銀蔵は自分は今、生死の境にいるのだと薄らぐ意識で理解した。昔の仲間がこうして自分を迎えに来てくれている。みんなにまた会えて嬉しかった。泣きじゃくる家族に、サヨウナラと心の中で呟くと、体から魂が抜けた。みるみる若返る肉体。
『さあ、思いっきり野球するか!』
 銀蔵が言うと、8人は歯をむき出して笑った。
『明日、東京で大地震が起きるんだぜ』1人が唐突に言った。
『えっ? 大地震?』銀蔵が言う。
『ああ。東京で大地震が起きるんだ。さあ、早く野球やろうぜ! ずっとメンバーが揃うの待ってたんだ!』
 気づけば、銀蔵ら9人は川に架かる橋の上を歩いていた。銀蔵は立ち止まって振り返った。庄吉が銀蔵の肩を叩く。
『行けよ! 銀蔵。大地震が来るの伝えてやれよ』
 銀蔵と庄吉以外の7人は、橋をドンドン前に進んで行く。
『でも……、アイツらずっと俺と庄吉が揃うの待ってたんだろう……』
『俺が、アイツらに適当に嘘をついてやるから、行けよ』
 庄吉は、銀蔵の胸を両手で力強く押した。
 苦楽を共にした仲間は、死んでもなお友情は生き続けるのか。良き友人に出会えた幸運と、迎えに来てくれたことに感謝した。アイツらがいれば、あの世も楽しそうだと思った。野球はもう少し待ってくれ。


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