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蒼樹里緒さん

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性別 女性
将来の夢
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涙の止め方を忘れた女-幽霊-

16/08/01 コンテスト(テーマ):第115回 時空モノガタリ文学賞 【幽霊 】 コメント:0件 蒼樹里緒 閲覧数:790

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 あるところに、涙の止め方を忘れた女がいた。女は、嬉しいときも悲しいときも悔しいときも、ひたすらに泣き続けていた。
 ある夜、女はトンネルの入口を歩んでいた。街灯の光が仄かに闇を照らす中で、一人分の足音だけが反響する。生暖かい夏の風が、女の短い黒髪や、同色のワンピースを撫ぜていった。
 やがて、中ほどまで進んだ時。ひゅう、とやけに冷えた風が吹き抜けた。女の肌が粟立つ。
「驚いた。こんな真夜中にお客さん?」
 背後から声が聞こえる。振り向いた女の視界には、少女の姿がぼうっと浮かび上がっていた。
 中学生だろうか。Tシャツとショートパンツ、素足にビーチサンダルという恰好の彼女は、女を興味深げに見つめる。
 女も目を糸のようにして、相手に尋ねた。
「あなたも、こんな時間に出歩くと危ないのでは?」
「ここにはいつでもいるわよ、朝も昼も夜も。まあ、離れられないだけなんだけどね」
 言いながら、彼女はスタスタと進み出て、ある方向を指さした。
「昔、あそこで自動車同士がぶつかる事故があってね。お父さんもお母さんも妹も、どうにか助かったけど。あたしだけ死んじゃった。夏休みの家族旅行を楽しもうってときにね」
 淡々と事情を打ち明けつつも、少女の眼差しは淋しげだ。
「では、あなたは幽霊さんですか」
「そうよ。霊が見える人と見えない人がいるけど、あなたは見える人みたいね」
 少し声を弾ませた彼女は、女に問う。
「あなたは、どうしてここに来たの」
「人間をやめたいからです」
「え?」
「生きるのが、すごくつらいんです。いつかは死ぬのに、どうして自分はまだ生きてるんだろう、なんて毎日考えてます」
 答える女の声が、震える。目からまた一滴、涙があふれた。
 少女は、心配げに女を見上げる。
「だから、あなたは泣いてるの」
「はい。死のうと考えても、どうすればいいのかわからなくて、ただ当てもなく歩いてるだけなんです」
「……ちょっと座って話さない?」
 幽霊の少女は女の手をそっと引き、壁際まで連れていった。壁に背中を預け、並んで足を伸ばして座る。
 相手の手には、肌の冷たさも確かに感じて。女は、素直な感想を口にした。
「幽霊さんなのに、ちゃんと触れるんですね」
「あ、嫌だった? ごめんね」
「いえ、意外だなと」
「それ、偏見じゃない? 女の霊はとりあえず髪が長くて足が透けてる、みたいなイメージを持ちすぎなのよねー、みんな」
「確かに。ホラー映画とかの影響かもしれませんね」
「生きてる人間にも、触ろうと思えば触れるし」
 からっと明るく笑う少女に、女も思わずつられて微笑をこぼす。
「あなた、裸足なのね。歩いてて痛くないの」
「いいんです。いつ死ぬかもわからないのに、靴なんて履いてても意味ないですし」
「でも、服は着てる。まあ、裸でいて警察に捕まるのも、めんどくさいしね」
 幽霊は、ふと天井を見上げる。そこにもまた、影さえ呑み込む深い闇が広がるばかりだ。
「あたしは死んだけど、ここで待ってれば、また家族や友達に会えるかもってちょっと期待してるのよ。家に行くのが一番いいんだろうけどね。あたしの想いはこのトンネルに縛られて、動けないから」
 一縷の希望を乗せた言葉が、女の耳に清らかに流れ込んでいく。
 ――どうしてこの人は、他人を憎まず怨まずにいられるんだろう。
 話していてもごく自然な態度で、悪霊の類だとはとても思えなかった。交通事故の相手や、今も人生を謳歌しているだろう家族や友人たちを、心底妬んでしまってもおかしくはないのに。
「そりゃあ、ものすごく悲しくて悔しかったけどね。やりたいこともたくさんあったし、家族にもさびしい思いをさせちゃったし。でも、事故の相手に謝って欲しいわけじゃないし。ただもう一回だけ、お父さんたちの顔が見たいの」
 やわらかく語った彼女は、女に振り向いて微笑む。
「あなたが死にたがる理由は、聞かないでおくけど。もうちょっとだけ生きてみよう、って思えたらでいい。あたしを捜してるような人たちと会ったら、伝えてくれる? あたしがここでずっと待ってる、って」
「……わかりました」
 ――幽霊さんはこんなに前向きなのに、私はまだ死にたいなんて願ってる。情けない……でも。
 女は、脚の上の手を、きゅっと握りしめた。立って少女に頭を下げる。
「お話をしてくださって、ありがとうございました。もしご家族とお会いできたら、必ずお伝えします」
「ありがと。この向こうは山道のはずだから、気をつけて行ってきてね」
「はい」
 やがてすぅっと姿を消すその瞬間まで、少女は穏やかに笑んだままだった。

 涙の止め方は、まだわからないけれど。歩き方を憶えているうちは、少しずつでも進んでみよう。
 女は一歩、素足で踏み出す。果てしない暗闇の先に待つ、優しい光のもとへ。


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