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吉岡 幸一さん

性別 男性
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【タクシーと片目の三毛猫】

16/07/28 コンテスト(テーマ):第86回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:689

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空車のタクシーが通るたびに手を挙げてみるけれど、
わたしの前を知らんぷりして通り過ぎていく。
夜の夜の底、電車もバスもすでに終電をすぎ、
歩いて帰るには遠すぎる。
何台も何台も、数えるのも嫌になるくらい。
「ねえ、お願い、とまってよ」
声を荒げて、手を振ってみても運転手は見向きもしない。
わたしが不審者に見えるなんてことはないだろう。
だってきちんとスーツを着ているし、髪の毛だって染めてない。
どこからみても普通にいる会社勤めのOLさん。
ここは病院前の大通り、ネオンの明かりも鮮やかに近くの川面を照らしている。
「いくら手を挙げたってタクシーはつかまらないよ」
背中から片眼の三毛猫が話しかけてくる。
青、赤、黄色、信号のような不思議な毛色の猫。
「わたしは早く帰りたいの、待ってる人がいるのよ、
今日は夫の誕生日、誰よりも早くおめでとうって言いたいの、
眠らないで待ってるはず、一緒にケーキを食べる約束をしたんだから」
「もうこんな夜中だよ、眠っているさ」
片眼の三毛猫は背伸びをしながらわたしの横に並んでたつ。
「必ずあの人は待っている、
だって誕生日にはいつもふたりでワインを飲むんだから」
「愛してるんだね」片眼の三毛猫はかなしそうに言う。
三十メートル手前で酒に酔った会社員がタクシーをつかまえる。
四十メートル先でバラの花束を抱えたホステスがタクシーをとめる。
だけど、わたしの前は何台もタクシーが通り過ぎていく。
片眼の三毛猫はとなりで毛づくろいをはじめる。
空には月もなく、幾千もの星が赤く黄色く青く瞬いている。
そういえば、昨日わたしはあの病院を退院したんじゃなかったかな。
夫が迎えに来て、ベッドの横で笑っていたような気がする。
いいえ、いいえ、笑ってなんかいなかった。
泣いていた、泣いていた、わたしの手を握りしめて。
「もう帰れない、あの人のもとには・・・」
片眼の三毛猫は優しくわたしに擦りよって
「気づいたんだね、さあ行こうか、」と片手をあげる。
すると遠く夜の底の底からタクシーがあらわれて
わたしの前に音もなく止まる。
     そして静かに後ろのドアが開く。







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