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メラさん

 主に純文学系を書いていますが、特にジャンルにこだわっているわけではありません。気ままに、マイペースに小説を書いてます。

性別 男性
将来の夢 世界平和
座右の銘 知足。悠々自適。日々新た

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ゲリラ前線

16/07/25 コンテスト(テーマ):第86回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 メラ 閲覧数:638

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「おい、本部との通信がおかしいぞ」
 俺がいる「A8」ポイントから西に二百メートルほど進んだ「B1」ポイントの見張りに立つ笠松がそう連絡してきたのはちょうど一時間前だった。その時点で、異変に気づくべきたったのかもしれないが、おそらくどんな優秀な歩哨でも察知などできなかっただろう。
「本部、本部、こちらA8の吉武。本部、本部」
 笠松の連絡後、俺は何度か本部に通信した。笠松のいるB1も、俺のA8から南東の「A5」ポイントの森本伍長も、本部への電波状況は極めて悪い。俺のいる地点には地下ケーブルが通っているので、基本的に俺が中継してB1とA5へ伝えるようになっている。
 さすがの俺も一瞬何か起こったのかと戦慄が走った。ここは敵国で、今は戦闘中なのだ。
 しかし連絡はすぐに復旧した。
「こちら本部。通信システムにトラブルがあった。問題ない」
 俺はすぐに笠松と森本伍長に無線でそれを伝えた。二人とも安心したようだ。
 俺たちは前線と呼ばれたポイントにいるが、主戦上は徐々に北上し、北部の密林地帯では敵軍のゲリラと激戦中だという。
 軍司令部のある地点は、当初は重要ポイントとされていたが、戦線が移動するにつれ、このポイントは敵軍にしても見捨てざる負えないとされたのか、ここ二週間は敵側の戦闘機一機も見かける事がない。
 昨夜からA5ポイントの歩哨を担当している森本伍長は、もう半年もここの戦線に止まっている。最初は何度か戦闘があったらしいが、今は毎日退屈を持て余しているばかり。俺も笠松も先月本国から派遣されたばかりとはいえ、元から持ち合わせない緊張感が、さらに緩んだだけで、酒の飲めない南国バカンスのような気分だった。戦争自体もすっかり厭戦ムードだったのだ。上層部からの情報によれば、敵国はついに停戦協議に合意したらしい。あとは条件の問題だ。
「さっさと帰りてえな」
 笠松が無線で言う。無線機は本部から監視がないのを良いことに、たびたび笠松は無線をかけてくる。俺にしても退屈なので、笠松とはよく話す。
「吉武も結婚するんだろ?」
 ああ。俺は答える。
「まあ、この任務が終わらねえ事にはどうしようもねえさ」
「結婚はいいぞ」笠松が言う。「俺も早く娘に会いたいよ。三歳だぜ?三歳の誕生日の日にこの派遣の指令が来たんだ」
「そりゃ災難だ。子持ちで前線派遣はないって言うのにな」
「俺の場合あれだ。上官と仲悪かったからな」
「おいおい、そりゃ俺も人の事言えねえよ。いつ前線に送られるかわかったもんじゃない」
 と俺は言ったのだが、自分の笑い声だけが無線機に響いた事に不審に思った。無線は切れていない。笠松はそれなのに突然話をしなくなった。
「もしもし?笠松?」
 俺がそう言ったところで無線通信が突然途切れた。
 俺はすぐに無線をB1につないごうとしたが、通信はやはり入らなかった。
 無線機の故障だろうか・・・。
 俺がアンテナの状態をチェックしているとすぐに無線が入った。しかし笠松のB1ではなくA5の森本伍長からだった。
「吉武か?」
 森本伍長は緊張した様子で話す。
「何か、異変はないか?」
 俺は森本のただならぬ様子にさすがに緊張が走る。
「いや、異変らしい異変はありませんが・・・」
 と言って周囲を見回し、監視カメラをチェックする。
「少しでも何かあったなら言ってくれ」
 俺は迷った。なぜなら笠松と無駄話している事は本部にはもちろん知られたくない事実だからだ。森本は年齢こそ二つ年下だが階級は一つ上だ。
「実は先ほど、B1ポイントの笠松と無線をとってましたが、突然会話が途切れました」
「・・・それは、よくある事なのか?」
「いえ・・・。そういうわけじゃありませんが・・・、ともかく突然会話が途切れたので、無線機の故障かと思って・・・」
「別にあんたらが任務をサボっていた事を咎めるつもりはない。ただ事実を聞いているだけだ」
 森本伍長はどうやら知っていたようだ。彼のいるポイントが無線電波をキャッチできるギリギリの範囲だ。
「事実はそれだけです。無線をした。突然無線が切れた」
 俺は開き直り、ややムキになって言った。
「伍長こそ何があったんですか?説明してください」
 俺は自分の落ち度をごまかすためか、あえて強気に言う。
「さっき、本部の通信が切れたと言ってただろう?」
 森本はそんな俺の態度の事などまるでどうでもいい様子で、真剣な声で話す。
「あ、ああ」
「いいか?本部の通信は地下ケーブルと、衛生ポイントを経由しているしている。二重の備えの中、そうそう乱れはないはずだ。もちろん、A8の受信機が不安定なのはわかるが・・・」
「いや・・・前にも本部の通信が乱れた事はあったはずだ。ここの機器は明らかに整備不良だ」
 俺がそう言い返すと、
「知ってる。重要なポイントなのだが、こちらの無線システムにこれ以上軍部は金をかけたくないらしいからな。しかし・・・」
 森本は数秒、間を置いてから言った。
「俺ももうこのジャングルでゲリラ相手に半年も対峙している。ここの気候も慣れてきた。今日はなにか・・・、森の様子が違ってな。つい気になったんだ」
 俺は無線機を耳に当てながら、一層注意深くあたりを見回した。
「いつもより、少し注意を凝らしくれ。もちろん、これが俺の杞憂である事を願うばかりだが、ここは戦場だ。注意を怠って損はない」
「わかった。気をつける」
 そう言ってお互い無線を切る。
 森の様子。
 そう言われると、どこか違うような気がした。
 風はある。しかし木々の揺れ方が、まるで森全体が生きているかのような、そんな不気味さをたたえている。
 そして風の割に静かすぎる。俺は元々山育ちだが、こんな気配の森は記憶にない。
 俺はあたりに目を凝らしながら、もう一度笠松へ無線を飛ばす。しかし、電波は繋がらない。その事実が、余計に俺を不安にさせる。 本部に伝えようか。
 笠松と何を話してたとか、そういう事を突っ込まれると立場上まずくなるが、この異変を伝えないわけにはいかない。
 しかし、俺はそこでようやく事態の異常さに気づいた。本部への通信が入らないのだ。
俺はコメカミや脇の下に嫌な汗が滲むをはっきりと感じながら、急いでA5の森本伍長へ無線する。
 森本はすぐ無線に対応した。
 俺が事態を伝えると、
「何かあったのかもしれない・・・」数秒間沈黙があった。しかしその沈黙すら、俺には恐怖だった。
「おい?森本?」
「考えてたんだ。本部にしろB地点にしろ、裏は険しい山だ。しかし、険しい山だが超えられないほどの山ではない。もしそこからゲリラが攻め込んで来たとすると・・・」
「そんな!・・・裏側も歩哨はいたはずだ」
「ああ。しかしそんな実践慣れしてない数人の歩哨兵で、 何年も戦っているゲリラが十人も来てみろ。あそこは森だ。何があってもおかしくない。元々この国のゲリラは傭兵が大半で、他国の紛争に派遣されるほどだ。数名で一個師団を撃破した事もある」
 俺はさすがにだまりこむ。森本の言う通りなのだ。前線と離れて安心していたが、ここは今世界でもっとも危険な戦場なのだ。
「となると、俺のいる地点も距離的には本部に近い。これはなにかあったと見て、無線機とカメラだけ仕掛けて、我々は合流し、『A2』のラインまでどちらかが様子を見に行こう。そこのA8だけは地下ケーブルが走っているので、絶対に落とせない場所だからな」
「わかった」
 俺は唾を飲みながら、そう答える。
「五分で着く。もし五分後に到着しなかったら俺の身に何か起きた判断してくれ。その場合はA2に単独で向かうか、もしくはB3を超えてエリア8へ向かってくれ。密林だが二日も歩けば到着できるはずだ」
「エリア8。前線、か・・・」
「昼間は砲撃の音がかすかに響いていた。戦闘中という事はこちらの師団は無事だろう。では無線を切るぞ」
 そう言って森本はすぐ無線を切った。
 無線が切れると、あたりの森の静けさが一層増した。ジャングル特有の生ぬるい風が、汗ばんだ頰や額に吹き付ける。
 ハエやら蚊やらブヨやら、虫が耳元をうろついている事など、もうすっかり慣れたはずだったが、今はその羽虫の音ですら恐怖感を煽る。
 俺は銃弾を補填し、あたりの赤外線センサーの強度を最大レベルにあげた。
 赤外線の制度を上げると、虫や小動物にも反応してしまうので、レーダーは終始反応していた。
 1分。
 これほどにまで長い60秒を、俺はかつて経験した事がなかった。汗がひっきりなしに流れるが、それに気を止める事はほとんどない。時々まぶたの上に流れる汗を無意識に拭う時に、自分が汗をかいている事を思い出す。
 2分。
 監視モニターとひっきりなしに反応するレーダーを見ながら、俺はもう一度本部に通信を送る。やはり通じない。
 俺はそこで通常の通信ではなく、自分の無線機から、ヘリポート裏の無線機に信号を送った。こちらの位置も向こうに知られてしまうが、何もしないわけにはいかなかった。
 信号を送る。
 至急、連絡くれたし。
 信号化した暗号文を三度ほど打った。
 その時しげみで何か動いた。大きな音がして枝が揺れた。俺は咄嗟に小銃を構え、フルオートでぶっ放した。
 木の枝が数本折れて、静かな森に銃声が響いた。監視モニターに猿が数匹逃げていくのが見えた。
 心臓が激しく脈打つ。胸の中から飛び出そうなほど、強く、早く鼓動している。
 俺はまた無線機に目をやる。しかし、返信はない。
 落ち着け。猿や豹のような動物がうろつくくらい、何度もあった。
 3分経過。
 俺は息を荒くしたまま、小銃を構えあたりを伺う。完全に冷静さをなくしている事は、自分が一番わかっている。しかし、この状況で落ち着く事などできない。
 そこで突然無線が鳴った。
 俺はそのブザー音に跳びのき、思わず機械に銃弾を打ち込むところだった。
「こちら吉武!」
 俺はすぐに無線に飛びついた。さっき信号を送ったヘリポート裏の無線機の信号だ。
「藤井だ。緊急指令だ」
 すぐに野太い声が響いた。
「ふじ・・・、ぐ、軍曹ですか?」
 藤井軍曹。このあたりのポイントのリーダーだ。風貌も恐ろしいが、実績も多く、近くにいるだけで身がすくんでしまう殺気を放っている。
「緊急だ。急げ!」
 姿はなくとも、藤井軍曹の怒鳴り声は俺を一気に、先ほどとはまた違う緊張に陥れる。
「A8の無線機のコンピューターに、フロッピードライブがあるだろう」
「ふ、フロッピーですか?」
 今はメモリーチップでのやりとりなので、フロッピーディスクのような旧式ばデータ媒体を使う事などない。そもそもそんなドライブがあった事すら俺は知らない。
「その中にディスクが入っている。それを持ってエリア8へ脱出しろ!大至急だ!もし敵の的に渡りそうになった場合はすぐにディスクを破壊しろ!いいな!」
「りょ、了解しました!しかし軍曹、いったい何が起きているのですか?」
 俺は無礼を承知で上官に尋ねてみた。
「大国であるB国が完全に向こうについた。様子を伺っていた多国籍軍の大半が一斉に敵に回ってしまった。この戦争、もはや我々に勝ち目はない。いかに被害を少なくして撤退するかが重要だ。そしてそのディスクにはB国の宰相にしたためた極秘文書が記されている。最悪の事態を想定し、内閣府の人間が隠しておいたのだ。何としてもそれを・・・」
 そこで無線は激しい雑音と共に途切れた。その数秒後に、遠くから大きな爆発音が聞こえ、足元に地鳴りが響いた。
 森の中なので確かな事は言えないが、爆発音が聞こえた方向は本部のある方角だった。
 気がつくと、5分をとっくに過ぎていた。
 俺はあたりを見回す。森本伍長はいない。レーダーの範囲を半径十五メートルに広げたが、まったく反応はない。
 間違いないのは、今が軍曹の言う「最悪の事態」であり、俺の身に、最大級の危険が迫っているという事だ。
 俺は無線機の裏の機械にフロッピードライブを発見した。スイッチを押すと一枚のディスクが出てきた。ずいぶん年季の入った、古いディスクだ。そもそもフロッピーディスクというもの自体、こうしてお目にかかるのは子供の頃以来だと思うが。
 俺は荷物を背負い、暗視ゴーグルをセットし、照明を全て落とした。機器の電源も全て落とし、小銃を抱えてすぐに真っ暗闇の森の中へ足を踏み入れた。一刻も早くここを離れなければ。
 暗視ゴーグルでの作戦など、訓練で行った事はあるが、実戦はもちろん初めてだ。かなりの集中力を要する移動だが、俺は緊張やら恐怖やらで、何度も木の根につまづいて転びそうになった。
 時々、ブーツが転がっている太めの枝を音を立ててへし折る。その音がジャングルに響くたびに、俺はさらに身を強張らせる。敵が近くに潜んでいた場合、居場所を教えているようなものだ。
 しかし、夜のうちにできるだけ距離を稼いでおきたい。昼間にもし、上空からレーダーを当てられた場合、逃げ場はない。
 笠松は死んだのだろうか?
 三歳の娘に会いたがっていた。
 森本伍長は、ゲリラに捕まったのだろうか?いけ好かないヤツだったが、心強い男だった。
 藤井軍曹のあの様子と、直後の爆撃音。本部は壊滅したと判断するのが妥当だ。
 そこら中に、ゲリラ兵が潜んでいる深いジャングル。ゲリラ兵は俺たちを恐怖で戦意喪失させるため、むごたらしい殺し方をする。
聞いた話だが、下半身の皮を剥がされてて出血多量で死んだやつがいるとか、目をくり抜かれるとか、豹の餌になったヤツもいるという。
 足がよろめき、思わずつんのめって転ぶ。すぐに起き上がるが、膝が笑っている。足が疲れているのではない、恐怖だ。恐ろしいのだ。
「・・・・・・」
 かすかにだが、人の声が聞こえた。
「・・・・ふふふ・・・」
 笑い声だ。
 一人じゃない。四方からその薄ら笑いが聞こえる。
 俺はフルオートのまま小銃をぶっ放して、四方八方に打ちまくる。真っ暗なジャングルに、銃声が響く。火薬の匂いが一瞬であたりをたちこめ、薬莢が足元にバラバラと落ちる。
 あっという間に弾倉は空になる。
 銃声による耳鳴りなのか、森の中は「きーん」とした甲高い音が余韻を残している。
 先ほどの声は聞こえない。やったのか?それとも俺の幻聴なのか?
 俺はずれた暗視ゴーグルを直して、小走りで弾倉を取り替える。
 ちょとでも気をぬくと、膝が崩れ落ちそうだ。腰が抜けそうだ。生まれて初めて味わう恐怖に、俺は完全に我を無くしてた。
 森を走る。木の枝を踏みしめ、草や石ころを踏みつぶしながら、真っ暗な森を抜けために走る。
「・・・!」
 俺はそこで何かにつまずき、ひっくり返りそうになったが、咄嗟に頭の前にあった枝に捕まって転倒を防いだ。
 それと同時に、今俺の足に引っかかったものが、枝や木の根ではなく、人為的なロープのようなものだと気づいてた。
 ジャングルには罠が多い。そのトラップで、数多くの同胞が死んでいるし、いつあるかわからないそのトラップのせいで迂闊に攻め入れないからこの戦争は時間がかかっているのだ。
 俺は恐る恐るあたりを見回すと、ゾッとして思わず血の気が引いた。あと数センチ、足が左にずれていたら落とし穴に落ちていたのだ。その穴からは、おびただしい腐敗臭が漂っている。
 俺はあえて穴の中を確かめず、前に進むことにした。ちらりとゴーグル越しに見えたが、穴は深く、槍のようなものが無数に突き立てられており、そこに少なくとも二人の人間が死んでいる。
 俺は歩きながら小銃を背中にセットし、代わりにやや使い勝手の悪いライフル銃の先にナイフをつけ、それで草むらをかき分けながら進む。夢中で走っていたが、ここはいつどんな罠があるかわかったものではない。
 しかもその概ねが悲惨極まるトラップだ。落とし穴の中には竹槍が無数に突き立てられていたり、岩が頭上から降ってきたり、足元を刃が切り掛かってきたりして、楽に死なせてもらえないものが多い。中にはスズメバチの巣が落ちてくるという罠もある。数箇所ささされて死んだ死体を何度か見た。軍費をかけずに、効率のよい罠を仕掛けることについて、彼らは天才的なアイディアを持っている。
「・・・」
 まただ。
 耳を澄ませると木々のざわめきに混じって、人の笑い声のような音が聞こえる。俺は思わずライフルを四方にぶっ放しそうになるのを堪える。
 これは幻聴だ。
 俺は恐怖におかしくなっているのだ。なぜなら敵兵が潜んでいたら、奴らは有無を言わさずに攻撃してくる。向こうだって必死なのだ。いったいどこの戦場に敵兵を見つけて笑っている奴がいるというのだ。
 恐怖を押し殺しながら、銃剣で茂みをかき分けながら進むわけだが、恐ろしく時間がかかる。こんなペースではエリア8に着くのは何日あっても足りない。
 しかし、先ほどの罠を目の当たりにしたせいで、思い切って走り抜けることもできない。今までが運がよかっただけなのだ。
 だんだんと、空が白んできた。時計をみると午前4時。あと1時間もすればすっかり夜が開ける。明るくなれば、こちらもジャングルを進みやすくなるが、同時に発見されやすくもなる。いや、むしろここは彼らの縄張り。圧倒的に俺の方が不利だ。
 少しでも距離を稼ぐため、それは暗い中に前へ進む。しかし、空はどんどん明るくなり、ついに暗視ゴーグルが必要なくなってしまった。
 俺はゴーグルをバッグにしまうと、猛烈に喉が渇いている事にようやく気づいた。
 背中をザックを下ろすと同時に、思わずその場に座りこんだ。疲労はとっくに限界点を超えているのだ。足腰はもちろん、緊張で身体中に力が入っていたのだろう、全身の筋肉が疲労していた。
 もちろん今までもジャングルを進みながら、何度もへたり込みそうなっていた。しかし一度座るともう立ち上がられなくなるような気がして、一度も休憩を取らなかったのだ。
 俺はザックから水と携帯食を取り出し、ゆっくりと、水を少量飲む。それからスティック状の携帯食のパッケージを開き、それをかじる。ビニールのパッケージを開くことすら困難なほど、指先までも疲労していた。そして携帯食は今までも美味いなどと思った事はなかったが、味覚が麻痺して、まったくと言っていいほど味気なかった。
 味のない携帯食をかじりながら考える。このままエリア8まで行って、俺は助かるのだろうかと。
 多国籍軍が動き出したとなると、この戦争、もはや大義名分は完全に我々にはない。先ほどの本部を吹き飛ばすような砲撃も、多国籍軍のものだろう。
 しかもB国が動いたとなると、これは世界戦に発展するかもしれない。基本的に中立国を保っていた我が国は、非常にまずい立場に立たされる。
 俺は胸のポケットに入れたディスクを確認する。転んだりして割ってしまったら元も子もない。何が記されているのかはわからないが、これが戦争を集結させる鍵となるかもしれないのだ。なんとしても死守せねばならない。
 だからすぐに行かなければ。どちらにしろ、俺は前線の本体を目指すしか道はない。
 しかし、体が動かない。指一本動かせれない。
 想定内の範囲だが、体は猛烈に休息を求めている。
(ゲリラ兵が迫っているぞ)
(酷い殺され方だぞ)
 理性の声が、俺の胸の中で叫んでいる。逃げろ。ここを離れろと。
 やはり座り込むべきではなかった。
 俺は休息に生きる望みを失いかけていた。
 多国籍軍の前には、本体も撤退せざるおえない。今更俺が機密情報を持っていたところで、ここまで広がった戦火を消し止められるとは思わない。
 俺はもう、充分に頑張った。
 極限状態の中で、よく走った。
 夢中で気づかなかったが、体のあちこちに打撲や擦り傷ができていた。元々本気で国のために志願したわけでもなく、ただ短期間で結婚資金を手っ取り早く稼ぎたかったのが本音だ。そんな男にこんな過酷な任務は荷が重すぎる。
 結婚。
 俺は国に残してきた婚約者の顔を思い浮かべた。俺に残された、唯一の希望。
 同期の笠松は、幼い娘がいた。いつも家族の話をしていた。笠松と話していると、俺も早く温かい家庭を築きたいと思わされた。しかし、笠松はこの密林の中で絶命した。森本伍長もそうだ。あまり詳しくは知らないが、彼が母親からの手紙を読んでいるのを目にしたことがある。険しい顔つきの森本が、普段とは違う表情だった。しかし、森本が母親と再会することはもうないだろう。
 立ち上がる。全身に力をこめて、歯を食いしばる。
 脚や背中の筋肉が悲鳴をあげる。しかしこの痛みこそ、生きている証なのだ。
 俺は再びライフルを構える。仮に、この先に待っているものが、さらなる絶望だとしてもだ。俺はまだ生きていて、体力を使い果たすか、殺されるかするまで、前に進む。人はたった一筋の光でも、諦めるわけにはいかないのだ。
 草をかき分け、足を前に出す。背の高い木々の隙間から、時折青空が見える。長い夜が明け、長い一日が始まる。
 


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