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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

性別 女性
将来の夢 星座になること
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ムーンライト・フラメンコ

16/07/24 コンテスト(テーマ):第113回 時空モノガタリ文学賞 【 ダンス 】 コメント:3件 そらの珊瑚 閲覧数:868

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 ホセはフラメンコギターの弾き手。イザベルはダンサーだった。
 二人は流浪の民と呼ばれるジプシーだった。ジプシーは定住せず、集団でヨーロッパ各地を旅して暮らしている。同じ共同体で育った彼らは血のつながりはないにしても家族同然。それこそおむつをしている頃からの付き合いになる。二人にとってフラメンコの踊りは日常だった。食べたり笑ったり、時に諍いをするように日々の中に組み込まれていたものだった。幼い頃から大人に混じり踊りギターで伴奏する。ジプシーにとって、フラメンコは世間の偏見や貧しい暮らしの中での唯一の娯楽であり、同時にその血に刻まれた魂の具現でもあった。
 十五歳でコンビを組んでから、二人は旅先の小さなホールで踊るようになった。駆け出しで無名の彼らには雀の涙ほどのギャラしか入ってこなかったし、時に酔客の罵声を浴びることも珍しくなかった。「へたくそ。ガールはネンネの時間だぞ。引っ込め」気の荒いホセは喧嘩騒ぎを起こし警察沙汰になったこともある。
「困ったお兄さん」
 ホセは孤児だった。留置場にホセを迎えに行ったイザベルは、ため息と共にホセに笑いかけた。
「だってよ。あいつら、イザベルのこと侮辱しやがって。黙っちゃいられなかったんだ」
「あたしくらいの踊り手なんか星の数ほどいるわ。へたくそって云われて、そりゃあ少しはへこんだけど、巧いだなんて思うほど自惚れちゃいないわ、あたし」
 イザベルは自分の体形にコンプレックスを持っていた。ぺちゃんこの胸。手足ばかりひょろっと長くて、凹凸のないやせっぽちの身体。これじゃ初潮さえ迎えてない小娘みたいだ。こんなあたしに情熱の踊りが出来るのだろうか。イザベルはひとりごちた。
 ホセはそんなイザベルの心のうちを知っていた。
「そんでもさ、俺はイザベルの踊りが好きなんだ。約束する。もう暴力はふるわない。だからいつか二人でコンテストに出て優勝しようぜ」
 コンテストに優勝した人たちの中には、世界的に有名になったジプシーもいる。夢物語だわ。そう思いながらもイザベルはうなずいた。
 ホセの澄んだ黒い瞳に自分が映っている。まるで互いの瞳に互いを移植したように。信じてみようとイザベルは思った。それから二人は時間を惜しんでレッスンに励むようになる。

 そんなある日、ふとした違和感をイザベルの踊りに覚えたホセは、ギターを弾くのを止めた。
「どう、したの?」
 イザベルが蜂蜜色の肌に汗を浮かばせてふりむく。息が荒かった。
「それは、こっちのセリフ。心ここにあらずってかんじだぞ。そんなんじゃチャンピオンになんかなれっこないぞ」
 暴力騒ぎから五年。コンテストの予選さえ通過したことはなかった。
「ふん、あたしのせいだって云うのね。今年も予選落ちしたこと」
「誰もそんなこと云ってないだろ」
 うまくいかないことが二人の心に亀裂を作った。瞳に互いの姿を認め合うほど近かった距離が、遠くなってしまった。
「ホセ、あなたは変わってしまったわ。小言ばっかり。もう嫌になる」
――いいえ、変わったのは、あたし。けれどイザベルは素直になれなかった。
「ああ、そうかよ。そんならもうお終いだ。何もかも」
 ホセは草むらにギターを投げ捨てた。それから無言で何時間経っただろうか。気づけば夕日も落ちて、辺りは夜の気配が濃く満ちていた。
「ホセ、今までありがとう。あたし結婚する。お腹にね、赤ちゃんがいるの」
 ああ、やっぱりとホセは思った。イザベルがアルバイトで絵描きのモデルの仕事をしている事、なんでも有名な絵描きらしく、イザベルと男女の仲だと噂されている事をホセは知っていた。知っていて知らないふりを続けてきた。信じたくなかった。いつか夢を叶え彼女に気持ちを打ち明けて、二人で幸せになる。思い描いていた未来が、粉々に砕かれた。砕いたのは誰だ。アイツだ。ろくでもないお絵描き野郎だ。ナイフでこれからアイツを刺しにいこうか。暴力はふるわないなんて約束も破ってやる。何もかも滅茶苦茶にしてやる。ホセの顔に怒りがこみ上げてきた時だった。
 今まで力なく座り込んでいたイザベルが立ち上がり踊り出したのだ。すると雲に隠れていた満月が姿を現した。月光が降りてくる。まるでスポットライトのように一人の踊り子だけを照らした。ホセは夢中でギターを拾い上げその弦をつま弾いた。
 彼が小さな妹のように慈しんだイザベルは、女の顔になっていた。
 同時に、母親の顔すら知らないホセにとっても、それは母の顔をも思わせた。
「いつのまに……」
 いつも近くにいたのに、イザベルの変化に気づけなかったホセは、己を悔やんだ。いや、近くに居過ぎたのかもしれない。ろくでもない野郎は自分だとホセは思った。
 離れたかに見えた魂が再び寄り添う。観客は誰もいない、二人だけのラストステージだった。
 
 
 
 


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このストーリーに関するコメント

16/07/25 泡沫恋歌

そらの珊瑚さま、拝読しました。

フラメンコは情熱的な踊りで、ギターの音色も激しくて、男女の情念のような感じがします。
この作品を読みながら、頭の中で踊り子と音楽をイメージしてたら、素敵なシーンが浮かび上がってきました。

果たして、イザベルは絵描きの子を生んで、それで幸せになれるのか一抹の不安が残りますね。

16/08/06 冬垣ひなた

そらの珊瑚さん、拝読しました。

フラメンコは一度ショーで見たことがありますが、想像していた以上に情熱的で躍動感のある踊りでした。イザベルは女になり、母になり、二人の性格だとまだ一波乱なきにしもあらずという感じですが、チャンピョンになるよりも素晴らしいラストステージだったのじゃないかなと思いました。

16/09/01 そらの珊瑚

泡沫恋歌さん、ありがとうございます。
フラメンコ、まさに大人の愛の踊りって感じですよね。
イザベルの場合、この先なんだか波乱にとんだ人生になりそうな予感がします。

冬垣ひなたさん、ありがとうございます。
フラメンコ、自分の日常とは180度かけ離れた世界の踊りのようで、踊り手の女の人のかっこよさもあって、好きなんです。
二人のラストステージ、ほめていただき、嬉しいです。

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