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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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奪われた半濁音

16/07/21 コンテスト(テーマ):第114回 時空モノガタリ文学賞 【 パピプペポ 】 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:756

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「近頃、おかしなことに気がつかない」
ふいに妻が私に言った。夕食後、これから娘と遊ぼうとしていた矢先のことだった。
「ひんちゃん、あとで遊ぼう」
「ほら」
「何が」
「あなたあの子を、ひんちゃんって呼んだでしょう」
「ああ、呼んだよ。……まてよ」
「ついこの間では、ひんちゃんなんて言わなかったでしょ」
「そのときは……こうだった、ひんちゃん、あれえ」
「ね、ね」
娘の名前は小野田一子といった。なんでも一番になるようにとつけた名前で、一だから、つまりヒン―――ヒンからキリまでのあのヒンだ。
「あれ、発音できないぞ」
「やっと気がついたようね」
「そんなばかな」
するとそこへ、一子がやってきた。
「はは」
妙なことを言いだした。父親の私に向ってははだとは。次に娘は、妻に、
「ママ」
「この子だって、あなたのことをまともに呼べないじゃないの」
これはいったいどうしたことだ。いつのまにか私も家族も、半濁音のついた言葉が発音できなくなっていた。ハヒフヘホは言えても、それに半濁音をつけて発音することはできなかった。いつからこんな……
「あの時からよ」
それは一月前の、この町にUFO騒動がもちあがった時のことだった。
裏山めざして、青白く輝く物体が光の尾をひいて飛んでいくのを多くの住人たちが目撃した。その未確認飛行物体が山頂付近に着陸してすぐ、霧が濃くわきだした。霧は、街中をゆっくりと移動していき、一時間ほどで消えた。
「そんなこと、きれいに忘れていたよ。ところで、それと半濁音が言えなくなったことと、どんな関係があるんだ」
「あなたもしってるでしょう、横丁の今神さん」
本当は今上というのだが、ナンバーズで高額賞金を当てた時から、自分に予知能力があると信じこみ、それ以来『今神』と称して家にこもって祈祷するようになったが、近所からは単に騒音おばさんと呼ばれて敬遠されていた。
「あのおばさんが、どうしたんだ」
「いえね、最近一段とお祈りの声が大きくなって、ご近所の方がみかねて注意しにいったらしいの。するとおばさんがみんなに、今に空からおりてきた魔人たちが攻めてくると、そればかりを執拗に繰り返すの。誰も相手にしなかったところ、おばさんがきゅうに、おまえたち、ハヒフヘホに半濁音をつけて言ってみろと言いだし、誰もそれができなかったところ、あのとき町を襲った霧が、半濁音を奪いとっていったのだと言ったそうよ」
私は妻にむかって膝をのりだした。
「もっと詳しく話してくれないか」
そのとき、なにやら不穏な物音があたりにきこえた。窓外には、異様な閃光がひらめき、そこここで赤い火柱が立ち上るのが見えた。
「おばさんの言ったことは正しかったんだわ」
「え」
「魔人が町を襲撃しだしたのよ」
めくらめく閃光に次々に家屋が破壊されていき、わが家も危険とみて急いで表にとびだした私たちの眼前には、路上に倒れる大勢の人々の姿があった。
ところどころに、おそらくそれが魔人か、青白い光に覆われた輪郭の定かでない生物の姿がうかがえた。ほぼ人間大で、あの破壊をもたらす光線がときおり、頭部から迸りでている。
私は妻子を庇いながら、物陰から物陰を逃げ続けた。逃げながらも、さっきの妻の話が気になってならなかった。なぜ魔人たちは、人間から半濁音を奪い取ったのだろう
「あ、きこえる」
ふいに耳をそばだてる一子に倣って、私も聞き耳をたてた。横丁の向うから、
「ハ、……ハ、……ハ」と言う、けん命に喉の奥からふりしぼるような声がきこえてきた。
「今神さまよ」
今神が、、声帯も張り裂けよと大声を張りあげているのをきいたとき、私のなかに突然ひらめくものがあった。
「半濁音こそ魔人たちにとって致命的な弱点だったんだ」
魔人たちがいっせいに、おばさんのいる家屋に殺到していった。そしていままさに、破壊光線を放射しかけたそのとき、夜空をゆるがさんばかりに今神の「パ」の声がとどろきわたった。
とたんに、魔人たちの体が風になびく草のように弱々し気にゆれうごいた。続いて「ピ」が、そして「プ」が、ついに「ペ」までいったときには、魔人たちはほとんど消えかけの炎のようにかぼそくなりながら、あわてふためいて裏山に逃げ出していく姿がみられた。
夜空を切り裂いて宇宙船が山頂からとびたったのは、それからまもなくのことだった。
今神様が命がけで半濁音をとりもどしてくれたおかげで、侵略者たちから町はまもられたわけだが、今神様が口にしたのは「パピプペ」までで、それでは「ポ」はいらなかったのかと後になって人々の間で議論が交わされた。
私たち家族はあのとき、飛び去っていく宇宙船が、ポーというエンジン音をたてていたのを確かにきいたので、それを足せばパピプペポになると、なんでも結論をださないことにはおさまらない凝り性の人々を説得した。


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このストーリーに関するコメント

16/09/05 光石七

拝読しました。
半濁音が言えなくなる冒頭からどんな展開になるのかワクワクしながら読み進め、今神さんのキャラクターといきなりの魔人襲来に驚き、真面目なんだけどどこか馬鹿馬鹿しい撃退と後日談にお腹が……(笑)
実に楽しかったです。
凝り性の方々、日本語以外の言語については何も言わなかったのでしょうか?(笑)
面白かったです!

16/09/05 W・アーム・スープレックス

光石七さん、コメントありがとうございます。
自分自身、ナンセンス物が大好きで、あらためて読み返してみて、よくこんなばかばかしい物が書けたものだと、あきれて笑ってしまいました。まえにも書いたかもしれませんが、誰かがいった、『荒唐無稽ゆえに我、愛す』のフレーズを、じつはひそかに座右の銘としています。

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