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四島トイさん

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助けに行くには遠すぎる

16/07/18 コンテスト(テーマ):第112回 時空モノガタリ文学賞 【 弁当 】 コメント:2件 四島トイ 閲覧数:577

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 中平舞が硬直している。
 レジャーシートに正座したまま。スッと伸びた背には今日も長い黒髪が流れている。
 野外授業の自然学習であった。昼食くらいは一緒に食べられるだろうと思っていたのが甘かった。班行動ありきの担任教師の教育方針が恨めしい。
「豊原ちゃんて中平さんと仲良いよねえ。同じ小学校だっけ」
 同じ班の子に指摘に、彼女をぼんやり眺めていたことに気付かされて恥ずかしくなる。
「そ。まあ天然っぽいとことか気になっちゃってさ」
「中平さんお嬢様って感じだしねえ」
「ま、同じ女子としてはそういうところに憧れる部分もあるわけで」
「ああ、豊原ちゃん大雑把だしねえ」
 ほっとけ、と応じながらも視界の隅で舞の様子を伺う。
 弁当は膝の上にある。忘れてはないようだ。
 とはいえ、出かけ先で弁当を前に途方に暮れる、という場面で考えられる事態はそう多くない。体調不良を感じさせる顔色ではないし、舞は食べ物の好き嫌いは少ない子だ。
 箸かな、という結論が出るまで時間はかからなかった。
 外出先で箸を忘れるのは痛恨のミスだ。そう思い至って、慌てて鞄を探ってみるものの、当然ながら自分の箸しか入っていない。
 豊原ちゃんどうしたの、という声にはっとする。
「お弁当食べないの?」
 訝しげなその声に、そうだ、という考えが頭の中で点灯し、私が先に食べ終えればいいのではないか、という確信を帯びた仮定が続く。
 できる限りの速さで弁当を胃に収める。そして彼女の元に駆けつける。「私はもう食べ終わったから」と付け加えれば固辞もすまい。これは名案に思われた。
 そうとなれば、と鞄から弁当箱を取り出して包みを解く。
 この事態を解決できる唯一無二の英雄像を思い描く。待ってなよ、お嬢さん。
「……豊原ちゃん何でお弁当包み解きながら笑ってるの」
 何でもない、と応じて指先を動かすことに集中する。
 そして、包みが解けた瞬間、正面で食事をしていた男子が声を上げた。
「おい豊原の弁当でけえな」
 女子の弁当に何たるデリカシーの無さかと憤慨しようもなかった。
 確かに大きい。
 包みの時点で薄々感じてはいたものの、気のせいだと己を誤魔化していたら、現実を突きつけられた。二段重ねの頑丈そうなお弁当箱の表面に、油性マジックの堂々たる文字が躍っている。
「……お兄ちゃんのだ。これ」
「お兄さん高校生だっけ?」
「野球部……」
「おっきいね」
「米と鶏肉の量ハンパないよ」
 それは胃袋を威圧するために存在するようなお弁当であった。作り手の気概が感じられる逸品であった。
「豊原ちゃん食べきれそう?」
 気づかず胸を抑えていた私にかけられた気遣わしげな声に、己の状況を悲観したくなる。
 だけど、と顔を上げる。親友が思案に暮れているのが見える。
 箸状の物体を求めて視線が筆記用具の上をさ迷ったように錯覚する。
 駄目よそれは、と心の中で叫ぶ。
 弁当に向き直る。
 これは親友の危機であった。
 あるいは私の中の秘められた力が覚醒する可能性もゼロではない。
 可能性がある限りにおいて人は全力を尽くすべきであろうと思われた。
 いざ、と弁当に握る手に力を込めたところで、中平さん食べないの、という声が耳に届いた。視線を向ければ男子が一人、彼女の弁当を覗き込んでいた。
「すっごい美味しそうだよこれ」
 能天気な言葉を無視しようとしたが、よかったら食べますか、と舞が弁当を差し出すのが見えて、箸を止める。
「え、いいの」
 聞くが早いか、男子生徒は既に自前の割り箸を割っていた。舞がこくりと肯くのを見て、弁当に箸を伸ばす。
「あ」
 それは私の声であり、舞の声でもあった。男子生徒の箸がおかずを摘んだまま止まり、えーっと、と宙ぶらりんになった。やっぱりまずかった? という言葉に、班の女子達が当たり前とか、中平さん困ってるよとか、抗議の声を上げた。
 不穏な空気を察してか、男子生徒も逃げ道を探すように、箸先の軌道を弁当に巻き戻しながら、あくまで軽い口調で、じゃあさ、と繰り返した。
 はい、あーん、なんちゃって、と彼女の顔先におかずを差し出した。
 瞬間、不穏な空気が色を増した、と思ったところで、舞が上体を乗り出し、おかずは彼女の小さな口にぱくんと収まった。口元に微かに片手を添えて幾度か咀嚼し、喉が微動する。
 ありがとう、という舞の柔らかな声がした。小首を傾げてみせる仕草に、男子生徒の耳が次第に赤くなっていくのがわかった。
 わずかな間があって、男女入り混じった歓声とも囃し声ともつかぬ声が上がった。
 私の隣の子が、箸を止めたままの私を覗き込んできた。
「豊原ちゃんどうした」
 なんか、ごちそうさまって感じで、と応じると、彼女は、まだ全然残ってるよ、と巨大な弁当を指差して笑った。


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このストーリーに関するコメント

16/07/25 クナリ

人類の歴史から見れば大したことではないはずのに本人たちにとってはとんでもない一大事、というのを生き生きと書かれると、四島さんは本当にうまいなと思います。
脇役に至るまでみんな魅力的で、登場人物に混じりたくなります。

16/07/28 四島トイ

>クナリさん
 読んでくださってありがとうございます!
 何を書きたいかもわからないままで、推敲も不十分な作品となってしまいましたが、過分のお言葉にただただ恐縮しきりです。。
 勉強不足でお恥ずかしいですが、コメントをいただけたことは本当に嬉しいです。お見せするのに堪え得るだけの作品を仕上げられるよう頑張ります。

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