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シャケおじさんの役割

16/07/17 コンテスト(テーマ):第112回 時空モノガタリ文学賞 【 弁当 】 コメント:0件 ケイジロウ 閲覧数:696

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 僕はそのおじさんのことをシャケおじさんと呼ぶことにした。
 僕が働いている弁当屋で毎日シャケ弁を買って帰るからだ。正確には、シャケ弁大盛り一つとシャケおにぎり一つ。シャケばかり食べているから熊みたいなおじさんを想像する人もいるかもしれないが、実際はタヌキみたいなおじさんである。
 ある夜、シャケおじさんがいつも通りやってきた。黒の帽子を被っている。下っ端の僕はレジに向かった。パートのおばちゃんが保温庫にシャケが残っていないか確認している。おそらくないだろう。たとえ残っていたとしても、店長は焼きたてのシャケを提供するだろう。店長が冷凍庫からシャケを取り出している。そんな厨房の動きが、レジに立つ僕の背中に伝わってきた。
「いらっしゃいませ。」
と言うのと同時に、僕は伝票の「シャケ弁当」という欄にチェックを入れた。いつもと同じだ。オーブンがぐわあーとため息をつきながら始動したのが厨房から聞こえてきた。
 しかし、なんだかシャケおじさんの様子がいつもと違う。黒の帽子がいつもより深く被られているような。まるで今にも包丁を取り出して、カネを出せ、と言いかねない様子に見えた。僕の思い過ごしだろうか。
「あの、カツ丼、大盛りで。」
 シャケおじさんはなんだか申し訳なさそうにボソッと言うと、カネを奪って逃げるように店の外へ出ていった。一瞬だけ空いたドアから冷たい風が僕の方に流れてきた。シャケおじさんは店の外側でこちらに丸い背中を向け、タバコに火をつけた。
 えっ!僕は強盗にカネを奪われたような感覚になった。
 ビーーー
 厨房内に鳴り響くオーブンのタイマーが、僕らを厨房に引き戻した。シャケおじさんはもうすでにカツ丼をもって帰った。最後の最後まで申し訳なさそうにしていた。僕がオーブンのドアを開けると、タイマーが黙り、再び沈黙が厨房内に流れた。店長が投入したシャケがジュワジュワと油を躍らせて、香ばしいにおいを厨房内に放った。
「まぁ、カツ丼食べたい日もあるんだろう、あのおっさんにも。」
と店長はコック帽を脱ぎながら、いろんな客を見てきたからこんなことには動じない、といった感じでこの事件をまとめた。しかし、明らかに動じている様子である。店長はパニックになるとコック帽を脱ぐ癖があるのだ。
「絶対何かあったのよ。何かしら、丸山君?」
 パートのおばちゃんの目が“ワイドショー”色に輝いている。右手の布きんで調理台の同じ箇所を意味もなくゴシゴシと拭いている。おしゃべりモードになる時はいつもやるこのおばちゃんの癖である。
「パチンコで負けたんじゃないっすか。なんか元気なかったし。」
と、僕はテキトーなことを言いながら、シャケを保温庫に移した。このシャケはミイラになっていく。
「わかったわ。がんよ。」
「がん?それとシャケがどうつながってるんっすか?」
「だから、お医者さんに言われたのよ、シャケはしばらく食べちゃダメだって。」
 シャケに群がるがん細胞を想像した。どうもしっくりこない。ただ、このおばちゃんはすでに遠くの方に行ってしまっている。右手のゴシゴシが速くなっている。シャケが、がんの原因になる仮定のもと、スト―リーが次々とがん細胞のように広がっている。
 いつのまにか店長の頭にコック帽がのっていた。自分の「まとめ」を完全に無視され傷ついたのか、
「丸山君、お茶補充しといて。」
と、権威を用いて無理やりこの事件の捜査を終わりにした。
 次の日、シャケおじさんは同じ時間にやってきた。今さら何しにきたんだ、という感じで店長が腕組みをしている。パートのおばちゃんはニヤニヤそわそわして、調理台を拭いている。僕はレジに行き、構えた。さあ、来い!
 僕は直感で、シャケおじさんが何をたのむか彼を目の前にしてわかった。シャケおじさんの表情は何か吹っ切れた感じだ。まるで、がんと診断された後、それが誤診だったと知らされたような表情であった。黒の帽子のつばがヒップホップミュージシャンのように斜め上を向いている。
「シャケ弁、大盛りで。あと、シャケおにぎり一つ。」
 シャケおじさんは、まいったか、という感じでクルリと僕に背を向け、タバコを吸いにノロノロと店を出た。店長が、しゃーねーな、という感じで、だるそうだが軽やかに冷凍庫に向かうのが、厨房をつなぐカウンターから見えた。ピカピカの調理台の上で、おにぎりの準備に取り掛かるおばちゃんの背中がニヤニヤしている。僕は、彼らのご機嫌な背中めがけて、注文を丁寧に読み上げた。
 そうこなくっちゃ!
 シャケおじさんが、シャケおじさんでなくなっちゃうとみんなのリズムがくるってくるのである。世の中の歯車が微妙に変わってくるのである。世の中はそういうもので構成されているのではないだろうか、僕はシャケおじさんの背中を見ながらそんなことを考えた。


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