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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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ダンスウィルス

16/07/13 コンテスト(テーマ):第113回 時空モノガタリ文学賞 【 ダンス 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:476

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男はいきなり、声をあげながら、全身を軽快に揺り動かしはじめた。
吊革片手に、ステップを踏み、その場で何度もターンした。
バスの乗客たちは当然ながら、薄気味わるがって男から離れだした。
運転手がマイクで、お静かにと注意を促すも、男はまったく耳に入らぬ様子でますます踊りに熱中しはじめした。
それから数時間後、このバスに乗っていた男女たちが屋内でまた往来で、さっきの男とおなじように、それぞれ好き勝手にダンスを踊り出していた。
その兆候はほぼ同時期に、世界中でもおこっていて、原因が空気感染する未知のウィルスだと判明したときには、あらゆる国で踊る人々の姿がみられるようになっていた。
タケルの家でも、彼が学校から帰宅したとき、家のなかから母親の笑いとも歓声ともとれる声がきこえ、なんだろうと靴をぬいであがってみると、母がひとり、キッチンでフライパンを叩きながら踊っていた。
ヒステリーもちで、いつも眉間に皺をたてて神経をはりつめている母が、その場でとびはねながら踊りまわるさまに、あぜんとしてタケルはたちつくした。こんな母親の、底抜けに明るいふるまいをみるのもはじめてなら、その顔にうかぶ、なにかに陶酔したような表情をみたのもはじめてだった。
「か、かあさん」
そんなタケルの手をとって母親は、いっしょに踊ろと、彼のまわりをぐるぐる回転しだした。
母親は、踊りながらも、卵をわり、野菜を刻み、肉を焼いた。そのいそいそとした夕食作りの様子は、いつも暗い面持で台所仕事をしている母とはまるで別人だった。
そこへ妹の瑠奈が帰ってきた。
母親をみて、彼女もまたしばらくは言葉もないありさまだったが、兄同様いつにない母親の陽気な様子に感化されたのか、その場で楽しげにスキップを踏み出した。
九時をまわったころ、渋面をうかべながら父親が会社からかえってきた。
去年会社をリストラされ、年齢的に再就職は困難をきわめ、ようやく派遣社員でつとめた工場での過酷な仕事に、毎日くたくたになって戻ってくるころには、ストレスのために元の顔が判別不可なまでにひきつる始末だった。
そんな父親のまえに、胸をつきだし、スカートを翻しながら、母親が舞い踊りながらあらわれた。
それでなくても辛い重労働で心は鉛のように重くなっている父親をみて、タケルも瑠奈も急に胸騒ぎをおぼえてふるえあがったが、なぜかその父の態度が一変した。
それまでこわばっていた表情が、ちょうど雪がとけて川が流れるように、ふいにゆるんだかと思うと、あろうことかにっこり笑ったではないか。そして、家族をたべさせていくために嫌な仕事で身も心もすり潰し、笑うことなど今後一度もないように思えていた父親が、母親にひきこまれるように、にわかに手と手をとりあってにこやかに踊りはじめたのだった。
似たようなできごとは、世界中のあちこちでおこっていた。
黒人の運転する車に、白人警官が免許提示をもとめてちかづいたとき、いきなりその警官がダンスをはじめ、車からでてきた黒人もいっしょになってラップを歌いながら踊りだしたり、深夜帰宅中の女性に、後ろからつけてきたストーカーが暗がりで、いままさに襲いかからんとした矢先、急になにをおもったのかヒップホップを踊りだした。
女性から通報をうけた警官がかけつけたときには、その女性とストーカーが肩をだきあってダンスに夢中になっていた。
ダンスウィルスの勢いはとどまるところをしらず、子供と老人を除いたあらゆる人々に感染していった。
各国の科学者たちが団結してこのウィルスの抗体作成に躍起になった。
タケルと瑠奈の兄妹は、いつなく晴れやかな気持ちになっていた。ダンスウィルスにとりつかれた父と母はいまも踊りつづけていた。
家にいるときはもとより、母はスーパーに買い物にいくときも、父は出勤途中や会社のなかで、時間をみつけてはダンスに熱狂した。
父親の場合は、最近ではエスカレートして、工場内でみんなといっしょに、仕事そっちのけで踊るまでになっていた。それによって、会社の生産能力は半減し、営業利益はがた落ちになったが、経営者をはじめ社員一同、仕事よりも踊っている方がたのしいとあっては、誰もそれに文句をいうものはなかった。
タケルにしても、毎日が陰気でお通夜のようだった我が家が、陽気に踊る両親のおかげで、みちがえるばかりに明るくなって、妹ともども心から喜んだ。
この病原菌がひろまりだしたころから、それに比例するように世間から凶悪事件の頻度がめっぽう減少しだしたという話題がとびかった。自動小銃を捨てて、みんなでわになって踊っている戦闘服姿の若者の画像もよくテレビで目にするところだ。
一月後、日本でダンスウィルスの抗体がようやく完成したというニュースが流れたとき、世界中から猛反対の声があがったのも、そのような理由からではないだろうか。


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