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吉岡 幸一さん

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性別 男性
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【現代のシャーマンダンス】

16/07/13 コンテスト(テーマ):第113回 時空モノガタリ文学賞 【 ダンス 】 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:895

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 終電が過ぎた後の駅東口で踊る男がいた。
 ここ一カ月ほど雨の日を除いて男は毎日踊っていた。マイヨールの彫像を背にして男が踊るのはせいぜい三十分程度である。終電を逃した会社員や終電以降に街に出てくる若者や得体のしれない酔っ払いなどを観客として男は踊りを披露していた。
 男の踊りを強引にカテゴリーわけするならば、現代舞踏ということになるだろう。上手い下手が素人目にはよくわからない踊り、楽しむ為というよりは切実な何かを表現する為の踊りといったほうがよいのかもしれない。一見するとクニャクニャして奇妙な踊りと言った方が解りやすいだろうか。
 観客は多くはない。多くの人は奇妙に体をくねらせて踊る男を避けていった。理解できないものに安易に近づいてはいけないという本能に従ったかのようであった。必然的に観客は酔っ払いや、自己防衛力に自信のある暇人や、うっかり見入ってしまった通りすがりの若者になったが、踊っている本人は観客のことなど目にも入っていないようだった。ひたすら夜空に祈りを捧げるように舞い踊っていた。
 ときどき酔っ払いに小銭を投げつけられたり、賢そうな学生に笑われたりしたが、男はすべてを無視していた。踊り終えると男はすぐにその場から走り去ったので、誰も男の正体を知る者はいなかった。
 あるとき男は捕まった。いつものように終電後の時間に駅東口に向かっている途中で、若い女に行く手を阻まれたのだ。
 男はビルとビルの狭いすき間道を通って向かっていた。踊り終えた後に声をかけられることは想像していたので走って帰っていたのだろうが、踊りに向かう途中で声をかけられることは想像もしていなかったのだろう。しかもそこはビルとビルのすき間、逃げるとしたら引き返すしかない。
「待ってください」
 男の気持ちを察したかのように若い女は袖をつかむと逃げられないようにした。
「わたしも一緒に踊っていいですか」
「なぜ」男の声は小さく頼りなかった。
「羞恥心を克服したいんです。演劇を勉強しているんですけど、わたし、恥ずかしがり屋で人前にでると体が固まってしまって。それで…」
「それならお一人で踊られたらいかがですか。そのほうが度胸もつくと思いますけど」
「でも、一人だと危険なことがあるかも。それに一緒のほうが心強いし」
「どうぞお好きに」
 そう男が答えると若い女は嬉しそうに微笑んで後ろからついていった。
 この日から若い女は男の横で踊った。踊ったといってもラジオ体操のレベルだったが、恥ずかしさを堪えながら踊る姿は男以上に人の目を引いていた。
 踊り手がひとり増えたことによって、踊り場を取り巻く環境が変わった。男と若い女が終電後に東口のマイヨールの彫像の前に来ると、待っていた人たちが一斉に踊りはじめるようになった。男の意思に関わらず幾人もの人が踊りはじめた。学生も会社員もホステスも老人も浮浪者も酔っ払いも皆踊った。
 それぞれが自由なスタイルで陶酔した。音楽はない。手拍子もない。夜が沈み込む静かな街音のなかで舞った。ひとつの場所でまとまりもなく、会話もなく、肉体を縮め伸ばし曲げて開放していた。それは奇妙で不思議な光景であった。
 いつの間にか観客も増えていき、見るだけでなく、写真を撮ったり、動画を録ったりする人も現れ、雑誌やテレビにも取り上げられるようになっていった。二番目に踊りはじめた若い女が巫女服を着始めた頃から「現代のシャーマンダンス」という名がつけられ、僅かながら有名になっていった。
 巫女服の女を中心に踊りはまとまっていき、注目が集まることによって女は羞恥心を克服したのか、気がつくと踊りの群れのリーダーになっていた。
「ここは誰もが自由に自己表現をする場です。上手いも下手もなく、ひたすらに自己を解放するために踊るのです」
 自信に溢れた女はベテランの舞台俳優のようのテレビカメラに向かって話すのだった。
 最初に踊っていた男はこの頃にはいなくなっていた。反対側にある駅西口の時計塔の下でひとり踊っていた。東口に比べて人通りは少なく場所も狭かったが男は気にしていないようだった。踊っても観客は少ないし、まったくいない日も多かった。東口の踊りを真似していると指さされたり、向こうに混ざって踊れば、と声を投げつけられたりしたが、男は耳を塞いでひとり踊り続けた。
「あんたが踊っていた場所、盗られてしまったな」
 以前駅東口で男が踊っているのを見たことがあるのだろう。そう言いながら、白髪の浮浪者が段ボール箱を引きずりながら男の横を通り過ぎて行った。
 男は踊るのを止めると、空を見上げ「今日も俺の星はみえない」と、つぶやいた。そして駅東口のほうに目をやると微かに首を振った。


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