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ポテトチップスさん

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タップシューズ

16/07/10 コンテスト(テーマ):第113回 時空モノガタリ文学賞 【 ダンス 】 コメント:0件 ポテトチップス 閲覧数:699

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光長が店に着くと、まだ開けていないシャッターの前で、沙世がコートの襟を立てて、寒そうに佇んでいた。
「ごめん、待った?」
「今、着いたばかりです」沙世は、屈託のない笑顔で言った。
光長はシャッターを上げながら「どうしたの、こんな早い時間に?」
「今日、午後からバイトが忙しいんです。午前中しか練習できる時間がつくれなくて、もう靴の修理終わってるだろうなと思って、朝一で取りに来たんです」
「そういう事ね。さあ、寒いけど中に入って」
光長は店内の暖房をつけた後、カウンターの後ろの棚に飾ってある、修理品の靴の中から、沙世のタップシューズを取り出しカウンターの上に置いた。
「沙世さんの希望どおり、ビルドアップしといたけど、希望通りの音になっているか、履いてみて」
「靴底が分厚くなっている」と言って、沙世はストッキングの足にタップシューズを履いた。
店の隅に置かれたコンパネの上で、フラップ、シャッフル、ステップと軽快にタップすると「すごくいい」と、沙世は言って喜んだ。
「靴底を革で厚くしたから、音が安定した重量感のある音になったでしょう」
「本当ですね。修理前も厚かったけど、思いきって今回くらい厚くしたのは正解でした」
沙世は笑顔で店を出て行った。
この日の夕方、今朝に観た天気予報の予想通り、東京の空に初雪が舞い落ちてきた。
光長は店内の窓越しにその雪を見ながら、15年前の事を思いだしていた。あの時も雪が降っていたと懐かしみながら、自然に足がタップをしていた。
翌日の昼頃、沙世が店にやって来た。
「沙世さん、いらっしゃい。どう、修理したタップシューズの調子は?」
「すごくいいです。修理してもらってから、音に迫力が出た感じです」
「そう。気にいってもらって良かった」
沙世は申し訳なさそうな表情で光長を見つめ、「ちょっと、店長にお願いがあるんです……」と言った。
「何?」
沙世は茶色いリュックから、1枚のチケットを取り出し、光長に見せた。
「3日後、タップダンスソロの大会に出場することが決まったんです」
「良かったじゃん」
「はい。でも出場者はチケットを5枚売るノルマがあるんです」
「ああ、そういうこと。買ってあげるよ」
「嬉しい! 助かります。4枚は友人に買ってもらったんですが、1枚だけ余っていたんです」
「どんな大会なの?」
「プロアマが参加できる大会なんです。場所は横浜です」
「そうか。応援に行くから頑張ってね」
沙世は「でも……」と言って、視線を足元に落とした。
「どうしたの?」
「私、この大会に人生がかかってるんです。親が、この大会で優勝出来なかったら、タップダンサーになる夢を諦めて、お見合い結婚しろって言うんです。私ももう28歳だし、親に心配ばかりかけられないので、親の言う通りにしようと決めたんです」
沙世がチケットを売って店を出て行くと、光長は棚から自分用のタップシューズを取り出し、椅子に座ってそれを見つめた。
沙世の気持ちが痛い程分かった。自分も15年前、沙世と同じようなことを親に言われ、タップダンサーの夢を諦めた。夢を諦めた後は、勧められるがままに結婚し、一男一女を儲けたが、生き方の不一致から離婚していた。もう今からタップダンサーを目指す気は無いが、ダンスに本気で向き合っている若者が好きだった。できれば、彼ら彼女らを応援してやりたいと、ずっと思っていた。
3日後の日曜日、横浜のとある地下1階にある会場の客席に、光長は座っていた。大会が始まると、出場者が1人ずつコンパネが敷かれたステージで、タップを踏んで上手さを競いあっていた。
沙世の出番がやって来た。やや緊張気味な感じの沙世は、タップを踏み始めた。光長は目を瞑って、彼女が履いた靴から生み出される音に聞き入った。
「ガッタッ!」という鈍い音で目を開けると、沙世が足元を見て為す術もなく佇んでいた。光長は「アッ!」と声を発し、席から立ち上がった。
沙世の足元に、タップシューズから剥がれた銀色のタップチップが落ちていた。
大会が終わり、出入り口で光長が待っていると沙世が階段を俯いて上がって来た。
目が合うと、沙世は無理やりな感じで顔に笑顔を作った。「昨晩、コンクリートの上でタップシューズ履いて練習しちゃったんです」
「……」
「でも正直に言うと、心の片隅で大会中にタップチップが剥がれればいいなって思っていたんです」
「なぜ?」
「優勝できないの分かってたから。でも、自分の実力のせいでじゃなく、タップシューズのせいにしたかった……こんな私ってダメですよね」
光長は沙世をそっと抱きしめた。
「俺と結婚しないか……。好きなだけタップダンスをやらせてやる。家事育児も俺がやるから、好きなだけタップダンスをすればいいさ」
抱きしめた腕の中で、沙世が小さく頷いたように光長は感じた。


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