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奈名瀬朋也さん

ツンデレ大好き文字書き もっと上手くなりたい!

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しりもち

16/07/10 コンテスト(テーマ):第113回 時空モノガタリ文学賞 【 ダンス 】 コメント:0件 奈名瀬朋也 閲覧数:766

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 人は、何かをする時にまず心から動き出す。
 これは高校時代の先輩からの受け売りだった。
 そして、今も私の心の中にずっと残り続けている言葉だ。
 だから。
「ねぇねぇ、おとうさん! みきね、ダンス習いたいの」
 そう言って、娘がぽんぽこと私の背中を小さなこぶしで叩いた時も、これはまず『私を叩きたい』と、思ったから叩いているのだと考えた。
 そのせいか、娘の言葉の全容を理解するまでに、ほんの少しの時間を要した。
「えっ? ダンス?」
 素っとん狂な声をあげた後、私は愛娘のおしゃべりに耳を傾け始めたのである。

 娘が急にダンスを習いたいと言い出した。
 しかし、ダンスと言ってもそれはノリの良い音楽に合わせて、はじけるポップコーンのように体を動かす方のダンスではない。
 娘が習いたいと言ったのはバレエだった。
 これならダンスと言うより『踊り』や『舞踊』と言った方が娘のしたいことには似合いだろう。
 ひとまず私は、娘を連れ立って嫁さんにこのことを相談しに行った。
 彼女の許可なしに、我が家の方針は容易に動かないからである。
 そして、嫁さんは娘のしたいことを聴くや否や「あら、いいんじゃない?」と快諾した。
 ただ――
「パパが習い事にかかるお金を出してくれるんならね」
 ――そんな条件を付けた。

 この時の私は、たかが『ダンス』にかかる費用など軽いものだと思っていたのである。

 こうして、娘は念願かなってバレエ教室に通うことになった。
 しかし、これが予想外に私の痛手となる。
 思わず、自身の見通しの甘さを呪ったほどだ。
 つまり、私はバレエをするとあんなにもお札に羽が生えると知らなかったのだ。

 私はふと娘がまだ幼稚園に通っていた時のことを思い出した。
 毎晩のように「お馬さんになって」とせがんで背中に乗っかってきたちいさい愛娘。
 今思えば、あの頃の娘は私の体にずいぶん厳しく、財布にどれだけ優しかっただろう。
 習い事と言うのが、財布にとって天敵であると、私は自身の辞書に書き加えた。

 しかし、それは娘が十四歳になる誕生日のことだ。

「父さん……あたし、もうダンスやめるね」

 その天敵は、急に私達の前から姿を消すことになる。
 娘は、私が用意した誕生日プレゼント――真新しいトウシューズを受け取らなかったのだ。
 この時、私は体でもなく財布でもなく、心に痛手を受けた。
 そして、娘の一言で口の中がひどく乾いた。
 励ましの言葉が、娘をバレエに引き留めようとする言葉が、明るく無責任で前向きな言葉達が頭の中に浮かんでは消えていった。
 その末に。
「そうか……なら、代わりのプレゼントを用意しよう、な」
 口から絞り出せたのはなんとも頼りない受け身な言葉だった。

 その後、私は娘が初めて踊っているのを見た時を思い返した。

 あれは嫁さんの代わりに教室へ娘を迎えに行った時のこと。
 教室の入口から様子を見ていた私に娘は駆け寄り――
「ようやくできるようになったの」
 ――と、いきなりそう言った。
 そして、嬉しそうに笑いながら、へとへとになった体をめいっぱい動かしてみせたのだ。
 娘はピンと背筋を伸ばし、軽やかにくるくると回った。
 細い手足をすぅっと持ち上げて、楽しそうに舞う。
 終いには、へとへとのあまりその場に尻餅を着き、私にひっぱり上げられた。
 けど、それでも娘は笑顔を絶やさなかった。
 その時の表情を、私は今も忘れられずにいたんだと思い知った。

 今、娘の心は躍りたくないのだろう。
 数か月前なら、疲れ切った体でも明日の為だと言って風呂上がりのストレッチを欠かさなかった。
『もうホントは指一本だって動かしたくないよ』
 そんな文句を漏らしつつ、ゆっくりと体を伸ばして折り曲げ、体を動かしていた娘がひどく懐かしかった。
 あの時はまだ、娘の心は躍ることを求めていたのだ。
 やめると口にしてから、娘は疲れる程体を動かすこともなくなった。

 その年のクリスマス。
 私は娘に散々せがまれた音楽プレイヤーを買った。
 そして、娘に内緒で新しいトウシューズも買った。
 この時私は、来年の誕生日とクリスマスにも同じことをしようと企んだ。
 娘の好みのデザインやその履き心地、今買っても無駄になるかもしれない。
 そんなことは知ったこっちゃなかった。
 私はとにかく娘にトウシューズを買っておきたかったのだ。

 人は、何かをする時にまず心から動き出す。

 だからこの先、娘の心がまた躍りたいと思った時に、その想いに見合う靴は必要だろう。

 なんて……結局、私は娘の口から「ダンスがしたい」の一声をまた聴きたいだけかもしれない。
 何故なら私は、未だに忘れられずにいる。
 尻餅をついてなお笑って見せた、楽しそうな娘の笑顔を。


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