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本宮晃樹さん

ふつうにサラリーマンをしております。 春夏秋冬、いつでも登山のナイスガイ。 よろしくお願いします。

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弁当はいくら?

16/07/08 コンテスト(テーマ):第112回 時空モノガタリ文学賞 【 弁当 】 コメント:0件 本宮晃樹 閲覧数:523

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「これなんですか」後輩の香苗はなぜかショックを受けているようだった。「日下部さんにとってあたしは、その程度の存在だったんですか?」
 わたしは差し出した一万円札――内訳はこうだ。卵焼きは卵二個として二十円(十個百九十円想定)、冷凍食品の魚のフライ二個で五十円(六個百五十円想定)、粗挽きウインナー二本で七十円(一袋六本入り二百円想定)、白米百グラムで四十円(五キロ二千円想定)、その他サラダ油や光熱費で五十円、最後に工賃をちょいとおまけで二百七十円とすれば、一食あたり五百円なり。およそ二十日勤務で一万円ジャストである――をどうしたものかひらひらさせたのち、「ええと、一か月ぶんまとめてはまずかったか?」
「ひどいです日下部さん。おいしそうに食べてくれて嬉しかったのに。そこらのお弁当屋さんで買うのが面倒だっただけなんですね」
「というか当然の対価を支払ったわけで……」
 このとき確信した。香苗は眼力だけで人を殺せる。「もう知りません。失礼します」
 彼女は走り去った。泣いていたかもしれない。
 わたしはわけのわからないまま一人取り残され、呆然と食堂の廊下にたたずんでいる。

     *     *     *

「結局、俺が悪いのか?」古なじみの友人に思い切って相談してみた。紫煙の立ち込める居酒屋。「説明してくれ」
「まあお前のことをよく知ってる俺からすりゃ、ぜんぜん悪くない」
「よく知らない人間からすると悪いのか?」
「そういうこった」
「ただ飯を食うことが奨励されてるのか、いまの日本では」
「そうじゃなくてさ。必ずしも金を払えばなんでも解決するわけじゃないんだよ。お前にわかるかなあ」
「わからん」
 友人はため息をついた。「だろうな」
「人から借りたものは返す。当然のことだろ?」
 友人はどうすれば目の前の異星人と意思疎通できるか模索しているといったてい。「お前の親父さんがめちゃくちゃに借金をこさえたことは知ってるよ。ずいぶん苦労したもんな、お前もおばさんも」
 わたしは肩をすくめた。「まあね」
「ええと、その後輩、カナコちゃんだっけ?」
「香苗だ」
「その香苗ちゃんがさ、一か月前に弁当作ってくれるって言ったとき、お前は彼女をデリバリーの弁当屋かなにかだと思ったわけ?」
「いいや」
「じゃあなんで金を払うんだ?」
「弁当がどこからともなく立ち現れるとでも言うのか? 飯を作ってもらっといて、一円も払わないなんてことは考えられん」
「あのな日下部、世のなかにゃ金を払うことによって価値のなくなる行為もあるんだよ」
 頭が痛くなってきた。「信じられんな」
 友人は伝票を掴んで大きく伸びをした。「とっくり自分で考えてみろ」
 やつが奢ろうとしたのでまたもや第n次伝票争奪戦争が勃発し、今回もめでたく割り勘を条件に休戦協定を結んだ。
 なぜ誰も彼も、進んで損をしたがるのだろう?

     *     *     *

 例の〈香苗怒髪天を衝く事変〉からこちら、弁当の供給が途絶えたのでカップめんと菓子パンという豪華なランチに逆戻りである。わたしは食堂兼会議室のざわめきのなか、黙々と味噌ラーメンをすすっている。
 後輩と仕事以外のことで反目するのは得策ではない。あれから一週間ほど経つが、彼女とは必要最低限の会話以外、いっさいのやりとりはなし。非常にやりづらい。
 テーブルの斜め前に視線を移すと、香苗が同僚の女の子たちと一緒にランチを摂っている。不意にこちらを見た。目が合う。席を立った。こっちに近づいてくる。わたしは味噌ラーメンを一気に流し込み、急いで退散する。
「待ってください」逃げ切れず、廊下で捕まった。「なんで逃げるんですか」
「空の容器を捨てにいくだけだよ」
「じゃあそのあと話せますね?」
「そいつはどうだろう、昨日ずいぶん夜更かししちまって。昼寝しないと午後からもたないな、こりゃ」
「そうですか」小さく嘆息してくるりと踵を返した。「失礼します」
「待って。なんとか眠気は我慢する」
 振り返った彼女の笑顔がまぶしい。「あたし日下部さんに謝りたくて」
「謝る?」
「自分が勝手にお弁当作ってたくせに、日下部さんに当たるのはちがうなって思ったんです。ごめんなさい」ぺこりと頭を下げた。「それじゃ」
 このまま彼女をいかせたら大切な〈なにか〉が失われる気がした。と同時に、その〈なにか〉は友人の言っていた換金すべきでないものだということに、ようやく気づいた。
「どの面下げてってとこだけど、また弁当作ってくれないか?」
 香苗は足を止めて、ゆっくりと振り返る。「今度はお金払ったりしませんか?」
「気をつけるよ」
「お金じゃない、もっとべつのものがあたしほしいんです。なにかわかります?」
「ええと」わたしは大げさに頭を掻いた。「たぶんな」


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