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ケイジロウさん

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選ぶことについて

16/07/05 コンテスト(テーマ):第111回 時空モノガタリ文学賞 【 蕎麦 】 コメント:0件 ケイジロウ 閲覧数:744

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「コーヒーと紅茶、どちらになさいますか?」
と、食後に聞かれるわけなのだが、「コーヒー。ホットで」と即答できる。ざまぁみろである。
「ライスとパン、どちらになさいますか?」
と、ハンバーグなんか頼むと聞かれる。これに対しても「ライスで。割りばしも付けてね」と即答できる。
 しかし、この程度の決断が即できたからと言って自慢されても困る。しかも、厳密にはこれらは「即決」ではなく、事前に答が用意されている疑いが大いにある。なので、なおさらそんなに自慢されても困ってしまうのだ。

 ある日、僕は電車を待つ時間、立ち食いそば屋に入ることにした。お昼時はとっくに過ぎていた。駅構内にはあの<昼休み後の五時限目>の雰囲気が立ち込めていた。
 例のごとくおばちゃん二人が、食券機にピッタリとくっついて会議を開いている。
「わたし、うどんでいいわ。あっ、かき揚げ付けようかしら。でも、そばもいいわね……あら、ゴメンナサイ、お先どうぞ。」
 僕は決断力には自信があるのだ。「よし、山菜そばだ」と即決。食券を購入し、「あら、山菜もいいわね」は聞こえないふりをして、暖簾をくぐった。
 ただ、ここからが本当の勝負だということは僕も重々承知の上である。この食券機の前から、<ずーずーちゅるちゅるあぁー>地帯を通過し、食券受付嬢兼料理長のおばちゃんまでの長い道のりが本当の勝負なのだ。立ち食いそば屋で何が厄介かというと、食券に『山菜そば』と印字されないことである。『山菜 そば・うどん』なのである。食券購入作業を終えたくらいで、「ふ〜、これでもう大丈夫だ」と気を抜いているようだと、後でひどい目に遭う。
 店内には二人の客がいた。僕は食券受付の位置を確認すると、最短ルートでそこに向かった。彼らの主義主張へは耳も目も向けなかった。うどんが僕を見つめて微笑みかけているのはわかっている。でも、僕はそちらの方には目を向けなかった。彼らが何を食べようが僕には全く関係のないことではないか。僕が選んだのは山菜そばだ。こいつで行くと決めたのだ。
「ふ〜。」
 危険誘惑地帯を無事、全くぶれることなく通過できた。鰹だしの匂い源が近くなってくると、「僕はやっぱり間違っていなかった」と原点に戻れたような気がした。あの食券を買う前の純粋で一途な僕に。
 しかし、まだ気は抜けない。
「あんたの人生、本当にそれでいいの?」
という質問をこの「うどん?orそば?」に食券受付嬢は込めてきやがる。なので、大半の人は、その質問をされる前に答える。「言われる前にやる」「やられる前にやる」「攻撃は最大の防御である」らへんの鉄則と密接に絡んでいるらしい。
「そ、そ、そば、そばで。」
と、顔を引きつらせてだがようやく注文できた。周りの人から素人と思われているかもしれない。僕は客一人ひとりに「素人ではありません」と言って回りたかった。
 食券を受け取ったおばちゃんは僕のことをどう思っただろうか。ただの急ぎ客と思ってくれればよいのだが……。
 しばらくすると、店内を見回す余裕が出てきた。客は僕のほかに二人いた。サラリーマン風の中年の男と学生風の男である。二人ともうどんをちゅるちゅるとすすっている。うまいかまずいかの評価を顔面に出すことなく、ただただ黙々とちゅるちゅるしている。だが、うどんがうまいことは確実なのだ。なぜ僕はうどんをたのまなかったのか。今から変更できるだろうか。よし、即決断!即行動!変更だ!
「かけそば、おまたせ」
 冷静に考えたらわかるものだが、僕がそばという意思表示をだした0.5秒後には、そばはぐつぐつ沸くお湯の中に投入されていたのだ。変更したいのであれば、0.5秒以内に意思を再表示しなくてはならない。さもなければキャンセル料100%請求されても文句は言えまい。
 食べたくない人に食べられるそばもかわいそうなものだ。そばにもそんな不純な気持ちが伝わっているに違いない。僕はスッキリしない気分でそばに箸をつけた。
 うどんのことを引きずっているわけではない。自分が最初にだした決断を最後まで信じることができなかった自分に情けなさを感じているのだ。そして、浮ついた気分になってしまった自分に嫌気がさすのだ。
「すべてオレが悪かった。もううどんとは縁を切った。だからそんな目でオレを見ないでくれ。」
 先ほど会議を開いていたおばちゃん二人がようやく店内にはいって来た。「ここからが大変なんだよねぇ」と、背中で様子を探ってみた。「ずずずずずー」とわざと勢いよくそばをすすった。そして、むせた。
「うどんで。あと、こっちもうどんで。うん。」
 びっくりするほどすがすがしい声でおばちゃんが人生の決断を下している。なんの迷いもブレも感じさせない、自信満々の声で。これだから素人は困るのである。決断に重みがないのである。


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