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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで4年目に入りました。今まで以上に良い作品が書けるよう頑張りたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

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あなたのそばの、蕎麦がいい

16/07/02 コンテスト(テーマ):第111回 時空モノガタリ文学賞 【 蕎麦 】 コメント:14件 冬垣ひなた 閲覧数:1262

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 私は蕎麦。
 あなたに私が思い起こされるとき、どんな姿であるだろう?
 名店の暖簾をくぐり十割蕎麦として誇らしげに頂かれた時もあるけれど、あなたが駅の立ち食い屋で3分で啜り終え、短い一生を終える事もある。
 贈答品の箱に熨斗紙をつけて、あなたのもとに届けられた時は舞い踊りたかった位だ。
 けれど、家族団欒の席で「3玉100円なんて」と愚痴をこぼされたりしたら、最後まで食べてもらえず捨てられるのではないかと、私もあなたの愛を疑って不安になる。
 そんな私だけれど、忘れもしない1769回目に転生したときのことを話そう。


 茨木県の蕎麦農家でゴロゴロと丁寧に石うすで挽かれ、その隙間からこぼれるように生まれた私は、『常陸秋そば』という銘柄の蕎麦粉になっていた。
 今は夏の初めで新蕎麦というわけにいかなかったが、蕎麦粉の8割が海外産を占める中、国産ブランド品に生まれ変わった私は心ときめいた。
 けれども着いた先は、工場でもお店でもなく、料理教室だった。
 しかもあなたはいつもはつけないエプロンを着て、私の到着を待っていたのだった。
 まさかまさかあなた、麺打ちに挑戦する気?
 やめなさい、料理なんか大して上手いわけじゃないのに、無謀すぎる!
 私が言った所で、あなたが聞くはずもなく。
 あなたは見慣れない蕎麦粉を不思議そうに眺めている。今回は蕎麦殻のついたまま挽かれていて、こんな生まれたままの姿で対面するのは少々気恥しい。
 これが多いといわゆる田舎蕎麦になるんですよ。あなたは私をふるいにかけながら、先生の話に頷いている。
 悪く言ってごめん、あなたの真剣な顔を見るのは初めてだった。
 大きなこね鉢の中にふるわれた400gの私には。100gの小麦粉が足されていて、二八蕎麦の体裁になっている。
 その私に手を突っ込んで、あなたは驚きの声を上げた。
 嬉しい。
 蕎麦畑から運ばれ挽かれたばかりの私の存在意義、自然の中実り豊かに育った爽やかな蕎麦の香りが、部屋いっぱいに充満する。こねられる前の、このひとときが蕎麦打ちで一番楽しいのだ。
 食したときの何十倍もの香りを吸い込みながら、あなたは水回しに入る。
 粉に均一に水が混じるように、こね鉢の中で円を描くよう手を動かすと、私はだんだんまとまって大きな粒になってゆく。
 それから私を一つにまとめ、艶が出るまで練りこむ。何度も何度も。
 ああ、結構上手いじゃないか、うん。
 折角あなたが頑張っているのだから私も美味い蕎麦になりたい。
 それから、菊練り、地延しという作業を経て、ここでついに麺棒が登場する。
 薄くなった私は、さらに台の上に平らにされる。
 少しずつ、均等に。
 段々と円形だった生地は四角く伸びてゆく。
 厚みがあってもいけないが、薄い所があってもいけない。出来ムラはゆで具合にもかかってくる。ここが勝負のしどころ。
 ……よし、うまく広がった。
 あとは畳んで駒板を置いて……蕎麦切り包丁で切る。
 上手い上手い、初めてにしては上出来じゃない!
 私は細長く出来上がった麺の一本一本にあなたの愛を感じながら、手打ち蕎麦として産声を上げたのだった。
 しかしここからが本番。
 あなたは沸騰した湯に、仕上がった私を入れる。
 優しく、優しく。
 混ぜてはいけない、菜箸で起こすだけ、ああ吹きこぼれないように、一分ほどゆでる。
 よし出来た!
 水にさらしてぬめりを取って、氷水でしめて……ああ、盛り蕎麦?手打ち蕎麦を頂くならこれが一番!蕎麦湯も忘れずに。
 器へ綺麗に盛られた私は思う。
 うどんでも拉麺でもなく、蕎麦に生まれて良かった。
 ともすれば切れてしまうほど繊細な麺だが、小麦粉では感じない、この素朴で飾り気ない風味をあなたに知ってもらえることが出来て。
「いただきます!」
 あなたの手が私を手繰る。
 汁に少しつかった私を啜ると、濃厚な味にコシのあるざらついた食感を、その舌の上に残しながら、腹の中に消えてゆく。
「美味しい、いつもの蕎麦と全然違う!」
「お蕎麦、好きですか?」
「はい、大好きです!」、あなたは満面の笑みを浮かべ言う。
 私も思う。
 どんな時も、あなたほど美味しそうに蕎麦を食べる人はいないかもしれない。私の最上級の姿を知ってなお、トン兵衛の天ぷら蕎麦を愛好するだろうあなたが、たまらなく愛しい。
 でもいつの日かまた手打ち蕎麦に生まれて、あなたと……。
 そう願う間もなく、私はズルズルとあなたの喉を通っていった。


 ああ、寝ちゃったか。
 あなたは使い慣れたそば殻枕を頭の下に敷いて、すやすやと眠ってしまった。私の通気性の良さは、寝苦しい夏にうってつけ。
 そんな私は蕎麦。あなたの蕎麦。
 私の生きがいを増やしてくれてありがとう。
 次はどんな姿で会えるだろう?


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このストーリーに関するコメント

16/07/03 冬垣ひなた

海月漂さん、コメントありがとうございます。

一度転生ものを書きたいと思っていました。私が書くとこうなりますが(汗)。
蕎麦さんは何だか一途なイメージがあります。蕎麦茶ですと、「あなた」が冬の長野にスキー旅行に行って、冷えた身体に熱い蕎麦茶の一杯を差し出されたりするわけですよ。で、「……やっぱりお前が一番だな」、としんみり言われるのです。蕎麦さんには幸せになってほしいですね。

16/07/03 冬垣ひなた

≪補足説明≫

・蕎麦打ちの手順は、大阪府堺市にある「手打ちそば 仁」さんで蕎麦打ち体験したものをもとにして書きました。上の写真はその時のものです。

16/07/05 石蕗亮

拝読致しました。
転生しても以前の記憶があるとは!面白かったです。
こういう転生モノは考えたことなかったので目から鱗でした!
食べる=愛なんてカニバリズムみたいだけど相手が蕎麦だから逆にロマンスを感じてしまいました。

16/07/05 冬垣ひなた

石蕗亮さん、コメントありがとうございます。

2000字であらゆる蕎麦の魅力を語りきるのは難しいと思ったので、読者様の想像力が膨らむ方向で書かせていただきました。楽しんでいただけて良かったです。
蕎麦は、色んなシチュエーションで美味しく食べられる所が、恋愛と似通っていると思います。

16/07/12 奈尚

拝読いたしました。
様々な「蕎麦」に生まれ変わりながら、相手の「そば」にいる私。
独特の設定に引き込まれました。とてもおもしろかったです。
「私」が「あなた」に向ける、優しいまなざしが文脈から伝わってきて、とても幸せな気持ちになりました。
形を変えつつも、一人の人に寄り添う「私」の事が羨ましいです。

素晴らしい作品を、ありがとうございました。

16/07/13 冬垣ひなた

奈尚さん、コメントありがとうございます。

数ある麺類の中で、「私」が蕎麦に生まれた理由について突き詰めて考えてこうなりました。
二人(?)がすれ違いつつすぐにまた出会えるのは、それまでの思い入れや愛着があるからで、人間同士ではストレートに描けない感情を表現出来て、私自身新鮮な思いで書きました。
こちらこそ、お読みいただき感謝しています。

16/07/15 あずみの白馬

 拝読させていただきました。
「蕎麦」というお題を見事な形で消化していると思います。
 蕎麦作りの描写も良かったですし、最後の「次はどんな姿で会えるだろう?」がものすごく良い読後感を生み出していたと思います。

16/07/16 冬垣ひなた

あずみの白馬さん、コメントありがとうございます。

とにかく蕎麦とはどんなものかを知るために蕎麦打ちに行ってきたのですが、蕎麦系サイトの文章には勝てる気がしなくて、エッセイの方向は諦めたのです。それで、蕎麦の側から見た人間を描こうとに思い立ちました。ラストから、蕎麦さんの色んな姿を想像していただけたら幸いです。

16/07/18 泡沫恋歌

冬垣ひなた 様、拝読しました。

いつも感心させられるのは、この下調べの真摯さですよね。
蕎麦を書くのに、蕎麦のことを細かく調べていらっしゃる流石です。

いろんな蕎麦に転生するという発想がとてもユニーク、タメになって面白い作品を書けるのは冬垣さんだけだ!

16/07/21 にぽっくめいきんぐ

拝読しました。
蕎麦視点で、ディティールがしっかりしてて、愛が感じられて。
お見事という他ないです。

16/07/24 そらの珊瑚

冬垣ひなたさん、拝読しました。
とっても可愛いお話ですね。
蕎麦打ちの表現が的確で、まるで目の前で蕎麦が仕上がっていくようなかんじでした。
美味しいざる蕎麦が食べたくなりました!

16/07/25 葵 ひとみ

冬垣ひなたさん。
拝読させていただきました。
デティールに愛らしさが溢れた作品だと思いました(^^*)
私も手打ちがしたくなりました(^^*)
ちなみに昨年、おそばのお花畑を観にゆきました。
どうぞ、これからも宜しくお願いいたします。

16/07/26 冬垣ひなた

泡沫恋歌さん、コメントありがとうございます。

下調べして一番困るのが、書くときの構成なのです。構成については大抵プロがすでに仕上げたものがあって、しかしそれを使うわけにいきませんから。
オリジナリティーを出すべく毎回色々工夫しています。


にぽっくめいきんぐさん、コメントありがとうございます。

食べ物を書く際はやはり美味しそうな表現を心がけています。
今回は特に蕎麦愛120%込めて書き上げました。感じて頂けて良かったです。


そらの珊瑚さん、コメントありがとうございます。

混ぜてるとき蕎麦がすごく香るのは、実際打って初めて分かりました。新蕎麦の季節だとやはりもっと香るそうです。蕎麦の打ち粉にも蕎麦粉を使っていたので、蕎麦湯も非常に美味しかったです。


葵 ひとみさん、コメントありがとうございます。

いつも父の田舎から年末に手打ち蕎麦を送ってくれるのですが自分で打ってみて、もっと味わって食べなきゃなと思いました。
お蕎麦の花見られたのですか、素敵ですね。
こちらこそこれからもよろしくお願いします(^^♪

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