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本宮晃樹さん

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年越し庵

16/07/01 コンテスト(テーマ):第111回 時空モノガタリ文学賞 【 蕎麦 】 コメント:0件 本宮晃樹 閲覧数:598

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 落石、ダート、なんでもござれの劣悪林道を安全運転で一時間弱(オールスタッドレス、四駆の完全装備でも滑ること数知れず)、その先は冬季通行止めのゲート封鎖でやむなく徒歩だ。冗談で持ってきたスノーシューが実地で役に立つとは思わなかった。目を疑うほどの積雪である。
 えっちらおっちら、雪に足をとられながら歩くことこれまた一時間弱、ついに〈年越し庵〉のある廃村に辿りついた。打ち捨てられた家屋はすべて雪の下に埋もれている。こんな利便性皆無の場所ではたとえ〈うどん・そば戦争〉がなかったとしても、遠からず廃村の憂き目に遭っていただろう。
 目指す建物がどこかと思案する必要はなかった。好々爺然とした老人が、風情のある日本家屋の前で元気に雪かきをしていたのだ。彼はわたしを認めると、気安げに片手を上げて微笑んだ。

     *     *     *

「そうかい、そんな遠くからねえ」老人は暖かいお茶を入れてくれた。「廃村めぐりかい?」
「それもあるんですがね」心の芯から温まる。「ちょっとお話を聞きたいと思いまして」
「ルポライターか」
「そんなところです」
「せっかくきてもらったんだ、いくらでも話すがね。ちょいとばかり出遅れたんじゃないかい、お若いの」
〈うどん・そば戦争〉が集結してすでに幾年も経っている。確かに〈科学に浸食される日本文化〉だとか銘打って大々的にやるにしても、ホットな話題とは言いがたい。しかし今日ここにきたのはべつの目的があるのだ。
「それはいいんですよ。ところでなぜこんなところ――失礼――にこもることに決めたのか、よければお聞かせください」
「そうさなあ」老人はまばらに生えたひげをしごきながら、「強いて言えばまあ、あんたがたの文明世界に愛想が尽きたってところかね。そりゃ確かにそばでアレルギーを起こすやつはいるさ。だからってそれだけで禁止食品に指定するのはあんまり横暴ってもんじゃないかね。じゃあ卵はどうなんだっていう話になると、そいつにはたっぷり栄養があるから例外だときた。おまけにしまいには、そばはうどんで互換できるからもういらないだなんて、むちゃくちゃにもほどがある。そう思わんかね、お若いの」
「思いますよ」
「いまでもそういう調子なのかい、そっちは?」
「食品衛生法がまたぞろ改訂されて、飲食業者は戦々恐々としてますよ。いつアレルギーの表示方法やらなんやらで訴えられるかわかったもんじゃないですからね。消費者は一種の神になりつつある」
「そいつはご苦労なこった」
 お茶をすすり、ため息をつく。ふと思いついて聞いてみた。「もしかして、このお茶は……?」
「そりゃもちろん、そば茶さ」
 わたしと老人は顔を見合わせ、いたずらが見つかった子どもみたいに忍び笑いをした。
「ところでご老人」ずいっと膝を乗り出して、「実はあなたがそば打ちの名人だと聞いてきましてね」
「どこから仕入れてきたのか知らんが、もうずいぶんむかしの話だよ」
「無礼を承知でお願いするのですが、ぜひともそばを打ってもらえないでしょうか?」
 老人は宇宙人でも見るかのように目を瞠っている。「お若いの、本気かい?」
「ぼくは大まじめです」
「こりゃまた奇特なやつがいたもんだ。当節じゃそばといえばアレルギー食品の代名詞、口に入れた先から泡吹いておっ死ぬだなんて風説が飛び交ってるってのに」
「そんなしろものじゃないことは、先刻承知してますよ」
 老人と正面から対峙する。やがて彼は根負けしたようだ。「よしわかった。ちょっと待ってろ」

     *     *     *

 奥が調理場になっていたらしい。力強いそば打ちの音が響いてくる。
 ふと窓から外を見ると、いつの間にか雪が降り始めている。歓喜して家々から飛び出してくる子どもたち。雪合戦。雪だるま。往時の光景がありありと浮かんでくるようだ。
「さあできたぞ、お若いの」
「ざるそばですか」かけで温まれると思っていたのだが。「冬なのにめずらしいですね」
「そばはざるがいちばん。ま、俺の勝手な持論だがね」
「わざわざ骨を折っていただいて申しわけない」
「なあに」老人は自分のぶんに箸をつけた。つゆにすけずにそのまま数本、すする。「ふむ、どうやら腕は落ちてないようだ」
「そいつは楽しみです」
「なあお若いの。どうしてわざわざこんな時分に尋ねてきたんだい? 見ての通り除雪車も入らない辺鄙なところだってのに」
「ご老人」いまや伝説上の食べものを前にして、わたしは興奮を抑えきれない。「今日がいつだか知ってますか?」
「ついぞ日にちなんぞ気にしなかったからなあ」
 つゆに浸し、つるりとすする。うまい。文句なしだ。
「今日は大晦日ですよ。これで安心して年越しできるってもんです」
 老人は破顔した。「こいつは一本取られたね」


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