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Fujikiさん

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塩味のフライドポテト

16/06/25 コンテスト(テーマ):第112回 時空モノガタリ文学賞 【 弁当 】 コメント:8件 Fujiki 閲覧数:956

時空モノガタリからの選評

妻の死に対する父の苦しみや、主人公の身体的、環境な変化への違和感が、フライドポテトのぼそぼそ感と塩辛さ、「塩の柱」の触感などの、五感を通した描写により、説明的でなく伝わってきました。
 特に、母の身体が「塩の柱」になるというのは、インパクトがありますね。その「無機質」な冷たさは、死の永遠性と非情性にも通じます。主人公にとって、母の死の象徴である「塩の柱」は、悲しみよりもむしろ、違和感に満ちた、「異様」な出来事に近いもの、「行き場を失った荷物」であり、受け入れがたいものであったのでしょう。そうした感情が、「塩の柱」の感触や存在感により、体感的に伝わってきました。

時空モノガタリK

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 月二回のお弁当持参の日、由香の弁当箱にはまたしてもフライドポテトがぎっちり詰まっていた。蓋を開けば黄土色の一色で、他にはごはんもおかずも入っていない。
「お、ポテトうまそー!」隣の席のワタルが目ざとく覗き込む。
「由香、少し食べさせて。私のラフテーと交換しよう」と、向かいに机をつけて座っている美帆が言った。
「大丈夫、ポテト好きだから」
 由香は両肘をつき、弁当箱を腕の中に隠すようにして食べ始める。冷めて固くなったフライドポテトが美味しいはずもない。指でつまんで口に入れるとぼそぼそと崩れ、水気のない土くれを食むようだった。強すぎる塩味が舌を焼いた。美帆が同情心からおかずを取り換えようと言ってくれたのだと、由香はもちろん気づいていた。救いがたいほどに鈍感なワタルの無邪気さよりも、美帆の優等生ぶった親切のほうが由香の癇に障った。どこか一人きりになれる場所へ逃げ出したかった。
 フライドポテトは冷凍で売っている物を父が使い回しの油で揚げる。ずっと昔、家族三人で行ったファストフード店で由香がポテトをたくさん食べたのが今でも印象に残っているらしい。ホテルの仕事から帰ってきて黙って台所に立つ父はいつも憔悴しきった様子で、肩を震わせて泣いている後ろ姿を見ることもある。そんな父に、由香は何を言えばいいのか分からなかった。
 母が塩の柱になってしまった日のことを由香は今でも鮮明に憶えている。一昨年の五月、由香は小学三年生だった。ショッピングセンターで一緒に買い物をしていた途中、母は何の前触れもなく固い塩の塊と化した。片手を押していたカートに添え、もう一方の手を由香のほうに差し伸べたままの姿勢である。由香を振り返る顔は普段どおりの穏やかな笑顔を浮かべており、苦痛や恐怖の気配は一切見られない。いつ由香の手を取って歩き出してもおかしくないように思われた。
 母の細い指先をそっと握ると、ざらりとした異様な感触が伝わった。母の身に何が起きたのかさっぱり分からなかった由香にも、その手ざわりの意味は一瞬で理解できた――母の体からは命が失われ、二度と戻ることはない。由香は命の残り香を探すかのように母の手の甲に鼻と口を押し当てたが、無機質な塩の柱は何の臭いもしなかった。塩に湿り気を吸い取られた唇の表面がひりひりと痛んだ。
 塩の柱は白いシーツで覆って、行き場を失った荷物のように今でも両親の寝室の隅に立てかけてある。父と葬儀屋の間で相談した結果、火葬をしないことになったためだ。塩が溶けて炉を傷めてしまうかもしれないと火葬場側が心配しているというのが葬儀屋の担当者の説明だった。
「腐る物でもありませんし、ご自宅に置いておいてもらって全然問題ないと思います。もしスペースがないようであれば切断なり粉砕なりしてくれる業者に依頼してもいいですし」担当者がそう言うと、父は拳でテーブルを激しく叩いて無言で葬儀屋の表に出た。軒先で吸い始めた煙草を持つ父の手が震えているのを、由香はガラス越しに目にした。
 時が悲しみを癒すと人は言うが、由香の父にはあてはまらないようだった。父が作る料理のレパートリーは減っていき、塩の柱は存在感をいや増した。ある寝苦しい夜、由香は熱に浮かされるように自分の部屋をさまよい出て、父の寝室から漏れる薄い光の前で足を止めた。塩の柱が窓から入る月光を反射して青白く光っている。その前に両膝をついて跪く父の背中が影のように浮かび上がって見えた。裸の父は柱を抱きかかえ、下腹部の部分に顔を埋めている。
「こんなの、ありかよ。お前なしで、どうしたらいいんだ……」父の低い声が、押し殺した嗚咽と共に由香の朦朧とした頭に響いた。父は跪いたまま、盲目の人間が物の形を確認する時のように両手で塩の柱をくまなく愛撫した。その姿は祈祷を捧げる儀式のようにすら見えた。
 由香は急に自分の下腹部に鈍い痛みを感じた。体の内側が熱を帯びて火照っている。部屋に戻って調べてみると、下着が黒い血のようなもので汚れていた。なぜだか知らないが、由香は父に言えない秘密ができたような気がした。それが初経の兆しだったと由香が知るのは、もう少し先のことである。
 翌朝、由香が起きると父は早朝勤務で既に家を出ていた。お弁当の日なので、学校に持っていく弁当箱が食卓の上に置いてある。蓋を開くと案の定いつものフライドポテトだった。
 由香は冷蔵庫からケチャップのボトルを取り出して、ポテトの上にかけた。赤いケチャップは塩辛い涙の味がするポテトを覆い隠し、弁当箱から遠慮なく溢れ出し、お弁当を包む手拭いを汚した。ボトルが空になった時には、食卓一面が真っ赤に染まっていた。由香は食卓の上のケチャップを指ですくって舐めた後、お弁当の日だけは学校を休もうと心に決めた。無理をして学校が決めたルールに従っても、苦しくなるばかりだから。


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このストーリーに関するコメント

16/07/02 てんとう虫

不器用ながら娘好きな?ポテト入れてくれる父に母の悲劇から文句もいえない娘心が切ない。葬儀屋の暢気な口調が他人事ですね。こんなもって気方はおもいつかなくすごいです。

16/07/03 Fujiki

てんとう虫さん、コメントありがとうございます。型にとらわれず色々な状況や展開を試せるのが掌編の良さだと思います。突飛な話であっても、2000字なら読者も我慢して付き合ってくれるでしょうし。

16/07/16 クナリ

主人公の複雑な心情が切々と描かれながら、塩やケチャップが暗喩するものを考えてしまう、小説としての構成も出色の作品でした。
面白かったです。

16/07/17 Fujiki

クナリさん、ありがとうございます。話の中では塩とケチャップを使いましたが、実はマヨネーズが一番好きです。次回のパピプペポも頑張ります。

16/07/20 タック

母親が塩の柱になったという設定もさることながら、塩と涙と悲しみ、ケチャップと経血と成長といった関連が巧みに思い、好きでした。面白い作品、ありがとうございました。

16/07/20 Fujiki

タックさん、ありがとうございます。弁当がテーマなので、登場人物の心情の動きを食べ物を通して語ってみることにしたのです。塩の柱は、預言者ロトの妻が神の命令に背いて後ろを振り返り、塩の柱になったという旧約聖書中の挿話が実は「脳卒中になった」という意味の表現を誤訳したものらしいという話を聞いたので、日常に不条理にやって来る死という文脈に置き換えて使いました。

16/08/15 デヴォン黒桃

他の方のコメントまで読ませていただいてからの感想です。
突飛な展開は死のイメージなのですね。
残された父親の苦悩と、女親のいない思春期がお弁当に表現、凝縮されて切なくなりました。

16/08/15 Fujiki

デヴォン黒桃さん、どうもありがとうございます。突飛な展開なのは、最後に入賞してから約10ヶ月間、落選が18作も続いて破れかぶれになっていたせいでもあります(もっとひどい展開の話を書いたこともありますが...)。最近では賞の結果よりも、読み手の頭に残るための試行錯誤を続けてきたのですが、主催者から肯定的なフィードバックをもらえるというのはやはり嬉しいものです。

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