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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

性別 女性
将来の夢 星座になること
座右の銘 珊瑚の夢は夜ひらく

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蕎麦の花

16/06/22 コンテスト(テーマ):第111回 時空モノガタリ文学賞 【 蕎麦 】 コメント:7件 そらの珊瑚 閲覧数:1086

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 夕方、相方に呼び出された。あたしらが漫才の練習をしていた、いつもの公園に。着いてみたら相方は既にベンチに座り、あたしのことを待っていた。
 人より大きな相方の丸みを帯びた背中。
 3Lの黒いTシャツに出来た汗の染み。
 スピーカーから流れていく、いくぶん早送りされている『家路』のメロディ。
 それに合わせて帰っていく小学生たち。いつもと変わりのない日常。
「九月だっていうのに暑いね」
 背中越しに声をかけると、相方はふりむいた。マシュマロマンみたいな白い肌も汗まみれだった。
「ほんと。東京の暑さにはいつまで経っても慣れないよ」
「早いよね。あたしらが上京して今年で十年かぁ」
 ◇
 相方とは高校の同級生だった。それまでのスクールライフには嫌な事ばかりで、いい事はほんのわずかだった。相方は「デブ」と呼ばれ続けてきたし、あたしは「ブス」と呼ばれ続けてきた。そういうキャラクターなんだと開き直り演じながらも、一方で周囲に気づかれないようにそっと傷ついていたりもした。そんな日常が続いていくことに、あの頃はうんざりしていた。
 そんなあたしが唯一心から笑えたのはテレビのお笑い番組を見ている時だった。容姿の欠点を売りにした女芸人達が堂々と笑わせていた。彼女らは無数の傷のついた硝子だった。ステージの照明に当たり、その傷ごと光って煌いていた。かっこよかった。
 芸人になりたい。あたしの中で夢と置き換えてもいい野望が着々と育っていく。
「二人で女芸人目指さない?」「このまま田舎にいてもどうせパッとしない人生だよ」親友だった相方をそんな風に云って丸め込み同じ道に引きずり入れた。東京の芸人養成所という胡散臭げな進路について、二人ならとしぶしぶ親は許してくれた。
 それからずっと彼女は相方であり、戦友だった。
 コンビ名は『蕎麦の花』とした。
 あたしらの故郷は信州蕎麦の産地だった。高校の通学路の脇は蕎麦畑で、秋になると白い蕎麦の花が一面に咲く。だけどその花の全てが結実するわけではない。咲いても実とならず枯れてしまう花もある。その事を学校の授業で習って、蕎麦になる為に咲いたはずなのに実に成れなかった花とはなんと可哀想だろうと思った。
 あたしら今はまだ小さな花だけどいつか実と成ろうね! という願いを込めたコンビ名だった。
 養成所を卒業後運良く小さな芸能事務所のオーディションに合格し、月一度ステージに立つようになる。毎回新作のネタを考えそこで演じる。四苦八苦しながらも、だんだんお客さんが笑ってくれるようになった。時にはテレビの仕事も舞い込んだ。月給は雀の涙だったので、あたしはコンビニ、相方は寿司屋でアルバイトしながらではあったが、充実していた。
 ◇
「あのさ、結婚しようと思うんだ」
 ああ、やっぱりと思った。相方には彼氏がいた。アルバイト先の寿司職人だ。
「そっか」
「驚かないんだ」
「何年コンビ組んでると思うのよ。おめでとう」
 ありがとう、と云いながらも相方はちっとも嬉しそうに見えない。
「言いにくいんだけど、結婚を機に芸人辞めようと思う。彼が故郷に帰って寿司店を開くことになって……一緒にいこうと思う。ごめんね」
 本音を云えば、これからなのにと思う。結局実に成れない花のまま終わるのか、と。けれど素直に相方の幸せを祝いたい自分もいた。それもたぶん本心だった。
「こっちこそ、ごめん。あたしの夢につきあわせちゃって。長いこと、ありがとうね。感謝してる」
「そんなことない。東京に出てくる時には、もう二人の夢だったもん。それに、だから彼にも出会えたわけだし。こっちこそ感謝してる」
「で、もしかして出来ちゃった婚?」
「もー違うよ。この腹は全部身だよ」
 過去、『蕎麦の花』の漫才のネタにそんな会話があったことを思い出し、あたしらは遠い眼をして笑いあった。
「結局『蕎麦の花』は実をつけないまま散っていくってことか」
「でも咲いた事に意味はあったよ。絶対あったよ」
 あたしのとって最高の相方だ。
 散ったあと、あたしはどうするかなあ。ピン芸人としてやっていけるだろうか。
「だったらもう蕎麦食べちゃう?」
 あたしらはゲン担ぎで、ずっと蕎麦を食べることを避けてきた。芸能界で結実するまで食べないでおこうと誓い合ったのだ。
「ごめん。実は私蕎麦アレルギーで、そもそも蕎麦食べられないんだ」
「えー。知らなかった」
「なんか今更言い出し難くて。コンビ名が『蕎麦の花』なのに、蕎麦アレルギーだなんてさ」
 思い出した。蕎麦の花の咲く頃になると決まってマスクをして通学する相方の姿を。
「じゃあさ、解散の理由は蕎麦アレルギーになっちゃったからって事にしない? それでラストステージのホン書くから」
「いいね」
 どこからかヒグラシの鳴き声がした。夏が、過ぎようとしている。

 


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このストーリーに関するコメント

16/06/28 てんとう虫

芸人さんの話で意外性がありおもしろかった。主人公のお礼の言葉が優しく心に染みていいおわり方ですね。食べ物以外のとりかたにすごいとおもいます。

16/07/11 泡沫恋歌

そらの珊瑚 様、拝読しました。

せっかく、これからって時に相方の結婚とは・・・本来なら怒るところを「おめでとう」といい、「ありがとう」という
この主人公は素敵な女性ですね。

こんなまっすぐで優しい心のままで、ピン芸人として頑張っていって欲しいものです。

16/07/22 宮下 倖

拝読いたしました。
じんわりと心があたたかくなる素敵な読後感の作品だと思いました。
『彼女らは無数の傷のついた硝子だった。ステージの照明に当たり、その傷ごと光って煌いていた』
この表現がすごく好きです! 心に残る文章でした。

16/07/24 そらの珊瑚

てんとう虫さん、ありがとうございます。
お笑い、好きなので、日ごろ女芸人さんに対して思っていたことなども
盛り込んでみました。

泡沫恋歌さん、ありがとうございます。
女の友情は成り立つのかそれとも……とそれはいろんなケースがあるかなと思います。
いい別れであれば、いいスタートにつながるとも言い切れませんが、そうなるといいですね。

宮下 倖さん、ありがとうございます。
心に留めていただけた文章が書けたこと、嬉しく思います。
生きていくということは無傷ではいられないけれど、そのことを肯定してみたい、という思いを込めてみました。

16/07/24 冬垣ひなた

そらの珊瑚さん、拝読しました。

いつか実となる日を夢見て頑張る芸人さん、素敵でいいですね。
「でも咲いた事に意味はあったよ。絶対あったよ」、この言葉にグッときました。
夢は変わり複雑な思いもあるかもしれませんが、道を違えても、お互い幸せになって欲しいです。

16/07/26 そらの珊瑚

冬垣ひなたさん、ありがとうございます。

芸人さんで売れる人、実を成らすことのできた人は一握りで、
その後ろにこのお話の二人のようなたくさんの芸人さんがいるのだろうと想像します。
夢破れても、だからといって不幸だともいえないのではないかと、そんな気持ちで書いてみました。

16/08/02 光石七

拝読しました。
主人公も相方も優しくて素敵な女性だなと思いました。
「でも咲いた事に意味はあったよ。絶対あったよ」、この台詞が好きです。
最高のラストステージで締めくくり、二人がそれぞれの道で幸せになれますように。
優しい気持ちになれるお話をありがとうございます!

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