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ポテトチップスさん

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100kgの負荷がかかる肩

16/06/20 コンテスト(テーマ):第112回 時空モノガタリ文学賞 【 弁当 】 コメント:0件 ポテトチップス 閲覧数:586

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ミーティングが終わると、杉林は光浦だけ部室に残るように言った。
他の部員は帰り支度をして部室を出て行った。
1人だけ部室に残された光浦は、長椅子に座って俯いていた。
「光浦、オマエをレギュラーから外すことに決めた」
光浦は俯いたまま、首だけコクンと頷いた。
杉林は、きっと悔しいだろうなと思った。誰よりも練習を頑張り、誰よりも野球に対して貪欲な高校球児だった。長い監督生活の中で、光浦ほど素質のある選手は見たことが無かった。杉林はこの球児に、並々ならぬ期待を込めて育成していただけに、光浦から肩に激痛が走ると言われた時は、その衝撃も大きかった。
監督生活の最期に、光浦をプロ選手にすることが杉林の望みだった。
杉林は光浦の横に座って背中を叩くと、光浦は声を漏らして泣いた。
「野球だけが人生のすべてじゃない。次の夢に向かって頑張りなさい」
「もう自分は、死にたいです」
杉林は言葉につまった。

夏の全国高校野球大会は、エースピッチャー光浦を欠いた翔峰高校は、全国ベスト14位という成績で幕を閉じ、大会が終わると同時に、杉林の23年にも及ぶ監督生活も終わりをつげた。
妻に任せっきりだった弁当屋で、杉林はフライパンを振る第2の人生を送り始めた。野球のように勝ち負けの無い仕事は、長年勝負師をしていた自分にとって、どこか退屈に感じることもあった。
夏が来て冬が来た。そしてまた夏がやって来た。もう監督を辞めて2年が経ったある昼下がり、1人の長髪に無精髭の男がやって来た。
その怪し気な風貌の男は店の前をうろついた。
「監督、どうも」男は、頭を擦りながら言った。
「どちらさん?」
「光浦です。翔峰高校で野球部員だった……」
光浦のあまりの変わりように驚いた。
「光浦か。ずいぶんと風貌が変わったな。今は何やってるんだ?」
「無職です。毎日フラフラしてます」
「そうか……」
「監督」光浦はそう言って、いったん黙った。
「なんだ?」
「野球が忘れられないんです!どうしてもプロになりたいんです……」酒に溺れた人間のような濁った眼に、涙が浮かんでいた。
杉林は、野球に未練が残る光浦の気持ちが痛いほど理解できた。肩を壊していなければ、間違いなくプロになれた選手だったから。20歳という年齢になっても、あの時から光浦の時間は止まっているのだと、杉林は哀れに感じた。
「監督、自分は球団のプロテストを冬に受けようと思ってるんです。また指導してもらえないでしょうか?」
「肩は痛くないのか?」
「……」
「痛いのか?」
「ボールを投げると痛いです」
杉林はしばらく押し黙った後「3日間、考える時間をくれ」と言った。
翌日から妻に店を任せ、肩の故障に詳しく、野球の投球を研究している大学の教授を訪ねた。
3日後の昼下がり、光浦が店にやって来た。
「光浦、俺は決めた。オマエをプロテストに合格させてみせる」
「本当ですか! 絶対にプロになってみせます」光浦の目が輝いた。
「明日から地獄の特訓をするから覚悟しとけ! それと、長い髪と髭を剃って来い!」
「はい。ご指導よろしくお願いします」
翌日、練習が始まった。まず、下半身強化のため20キロ走らせた。久しぶりの運動で息が切れていたが、文句も言わずに練習についてきた。
その後、河川敷で大学教授に勧められた投球法を教えた。
「オマエの肩は、もう上からは投げられない。だから投球フォームを変える。今日からアンダースローのフォームを、徹底的に体に染みつけろ。このフォームなら肩への負担も少なく、オマエでも投げられる」
4ヵ月間の特訓はあっと言う間に過ぎた。朝7時から始まって夕方6時に終わる練習は、過酷にも感じたが、これでも時間が足りない程だった。
11月10日、新幹線で東京に向かう光浦を、駅まで車で送った。
「頑張れよ!」
「練習のすべてを出し切ってきます」
杉林は、朝に作った弁当を光浦に手渡した。
「かつ丼だ。昼になったら食べなさい」

翌年の1月17日、光浦が店にやって来た。
「不合格でした」光浦が晴れ晴れしく言った。
「そうか……。悔しくないのか?」
「悔しくないです。全力を出し切った末の結果ですから」
杉林は、光浦の言葉を聞いて安堵した。不合格にはなったが、後悔する人生から抜け出してくれたことに。
「監督、自分はいま、次の夢が見つかりました」
「なんだ?」
「野球の審判になることです。野球に情熱をかける男達と一緒にグランドに立って、公正なジャッジがしたいんです」
杉林は光浦の次の夢を聞いて嬉しくなった。挫折を乗り越えた時、人はまた一つ大きく成長する。光浦の心の中にある、野球の聖火台の火は消えずに残っている。それは杉林の心の中もそうだった。野球に情熱をかけた男の心中に灯る聖火台の火は、時に人の心を強靭なまでに強くさせ、輝かせるのだと思った。


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