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吉岡 幸一さん

性別 男性
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ぽんちゃんとたぬき蕎麦

16/06/12 コンテスト(テーマ):第111回 時空モノガタリ文学賞 【 蕎麦 】 コメント:2件 吉岡 幸一 閲覧数:870

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 引越し蕎麦をもって隣に挨拶にいくと、金髪の女が出てきて、蕎麦を見るなり笑いだした。
「あら、ちょうどお蕎麦を食べていたところなの。狸蕎麦をね」
 金髪女の口調に嫌みはなく乾いた笑い声は緊張していた青年の気持ちをほぐした。
 この春社会人になったばかりの青年は田舎を離れ初めての一人暮らしだった。田舎の母からは、引っ越したら隣近所にはお蕎麦を配りなさい、と行きつけの蕎麦屋から買った蕎麦を数軒ぶん渡されていた。
 青年は日曜日の午前中にこのアパートに引っ越してきて、午後からは大家さんや隣近所に蕎麦を配っていた。残った最後の挨拶先が隣の女の家だった。
 女の家には最初に挨拶に行ったのだが、ノックをしても出て来なかったので、夕方を過ぎてもう一度行ってみたら、今度は出てきたというわけだ。
「いまどき本当に蕎麦なんか持って来る人がいるんだ。隣に引っ越して来たんでしょう。昼間は寝ててごめんね。あたし夜働いているから昼間はどうしても眠たくってね」
 青年は一通りの挨拶を済ませて帰ろうとして、ふと部屋の奥を見るとテーブルの上のカップ麺から湯気がのぼっていた。そしてその湯気の向こうに三体の大きな狸の縫いぐるみが座っていた。
「狸蕎麦と狸の縫いぐるみが大好きなの」
 青年の不思議そうな視線に答えるように金髪女は甘え声で答えた。
 翌朝、勢いよくドアがたたかれる音で青年は起こされた。寝ぼけながらドアを開くと、隣の金髪女が崩れながら入ってきた。
「ただいま、おかえりなさい、おやすみなさい」
 こう言うと酒臭い息を吐きながら青年のベッドにもぐりこんだ。そして青年がどう声をかけようと揺さぶろうと眠ったままだった。
 金髪女を置いたまま青年は仕事に行き、仕事から帰ってくると金髪女はいなかった。机の上に昼間食べたであろう狸蕎麦のカップ麺の器だけを残して。
 朝になると金髪女はドアをたたいて青年をたたき起し、昼間は狸蕎麦を食べ、青年が帰ってくるといなくなっている。この繰り返しが日曜日まで続いた。狸蕎麦の器が日ごとに増えていっていた。
 日曜日は青年の勤めている会社は休みだった。
 いつものように金髪女は青年のベッドで眠ったが、この日青年はずっと家にいた。
 金髪女が午後二時を過ぎて目を覚ましたとき、青年は真上から顔を眺めていた。化粧を落とせば意外と幼い顔をしているのではないか、と思ったりしていた。
「ぽんちゃん」
 金髪女はいきなり青年に抱きついてきた。
 すぐに別人だと気付いたようで、金髪女は手を離すと、小さくごめんなさいと言った。
 昔ぽんちゃんという男と付き合っていて、そのぽんちゃんが狸蕎麦が好きで毎日食べていたそうだ。金髪女も元恋人の影響で狸蕎麦を毎日食べるようになって、別れてからもその習慣から抜け出せないという。
「あなたがぽんちゃんにそっくりだから。それにお蕎麦も持ってきたし」
酒に酔っていない金髪女は眼力があるせいかしっかりとして見えたので、青年はなんとなく納得してしまう。
「ねえ、今度はあなたがぽんちゃんになって、あたしの」
 つまりこれは告白なのか。青年は当然のように断った。好みではないという以前に、とても本気だとは受け取れなかった。
 青年に断られたからといって動じるような女ではなかった。金髪女は告白というより、要求したときからすでに青年の恋人になったつもりでいた。
 なにか物が盗られるわけでもないので、青年は気にしないようにして金髪女の好きにさせていた。
 結果、青年は殺された。なぜ殺されなければならなかったのか。青年は死んでもなおその理由がわからなかった。
 あるとき、狸蕎麦よりも天ぷら蕎麦のほうが好き、と青年が言ったのが理由の一つかもしれない。
 もう一体狸の縫いぐるみが欲しいと金髪女が思い始めたのも理由の一つかもしれない。
 金髪女自身もはっきりとはわかっていなかったようだが、青年を失ったことを悔やんではいなかったようだ。むしろ狸の縫いぐるみを増やす理由ができたことに喜んでいるようだった。
 金髪女は今日も狸蕎麦を食べながら、早く隣に誰か引っ越してこないかと待ちわびていた。四体に増えた狸の縫いぐるみを眺めながら微笑んでいる。
「ぽんちゃんが四人になっちゃった。大好きなぽんちゃんに囲まれて、あたしはとっても幸せよ」
 狸蕎麦の湯気が四体の縫いぐるみの頬を優しくさすっていた。


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このストーリーに関するコメント

16/06/13 あずみの白馬

拝読しました。オチが怖かったです。
以外と身近に恐怖はあるのかも……

16/06/14 吉岡 幸一

あずみの白馬様
コメントありがとうございます。
嬉しく思います。感謝。

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