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各務由成さん

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ある客人との場景

16/06/10 コンテスト(テーマ):第110回 時空モノガタリ文学賞 【 雨 】 コメント:0件 各務由成 閲覧数:583

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 過去にない大干ばつに喘ぐ石造りの町を、雨売りと名乗る男が訪れました。
 凡庸な容姿でしたが、身なりは整っていて、ねずみ色のコートと帽子にも清潔感があります。
 異様だったのは、運搬用の一輪車に乗った鉄くずの塊。見るからに胡乱で、さほど大きくもないのに、奇妙な存在感を放っていました。
 聞けば、この町の惨状を知り、自ら造った降雨機を売るために、西隣の町からやって来たそうです。
 鉄くずは機械と言われればそうも見えました。しかし中の空洞には、ひと抱えの氷が入っているだけ。氷はまったく溶けておらず、西隣の町からの道程を考えると不思議でした。
 彼には商売人特有の口の達者さや人懐こい笑顔はなく、純粋な誠意だけが感じられ、町長達も無下にするのは気が引けました。
「試しに一度、雨を降らせてみせてくれ」
と頼むと、雨売りは困ったように目をしばたたかせました。
「これは、一度きりしか使えないんです」
 人々に疑念と警戒心が膨れ上がりました。彼の人柄はともかく、どうしてもこの鉄くずに、雨を呼ぶ仕組みが備わっているとは思えません。例え本当でも、多少の雨でどうにかなる状況ではすでにないのです。
 詐欺か冷やかしと取った人々がその場を離れていく中、町長は、言葉を慎重に選びながら言いました。
「この町は年に数回の貴重な雨に頼って暮らしている。貯水はとうに底をつき、近隣の町の水も値段が高騰する一方。だから貴方のお話は有り難いが… この機械は摂理に反するものだ。買うことはできない」
 静かな口調には、雨売りへの気遣いと恐れがありました。
 雨売りは納得し、帽子を片手で軽く持ち上げて目礼すると、来た道を帰っていきました。機械を乗せた一輪車をフラつかせながら、先に広がる立ち枯れた森の中へと遠ざかります。

 やがて、その背中を呼ぶ声がありました。
 雨売りが足を止めると、ひとりの町娘が追いついてきて、上がった息で彼に掴みかかりました。
「その機械を、私に売りなさい」
 娘が彼の胸に押しつけたのは、高価そうなブローチと指輪、そして一枚の絵でした。
「この絵は、数年先には値がつくわ」有無を言わせない勢いに、雨売りが気圧されながらもなだめます。
「町長さんとお話はしました。それに、この機械は…」
「一度きりで構わないの。今を切り抜けなければ、未来もないの」
 娘は言い放ちました。一切の戸惑いを許されず、彼は乾いた土の路上に、歪な鉄くずを下ろしました。

 雨売りの来訪から三日後、町に約一年ぶりの雨が降りました。
 最初はぽつぽつと、それがみるみる勢いを増して充分な雨量で町に降りそそぎ、干からびた貯水槽にも水が溢れました。
 皆は大いに喜び、安堵しました。砂埃にまみれ息絶えようとしていた営みが、この際でやっと救われたのです。
 誰かがふと、あの妙な機械を買わないで良かった、と言いました。その後人々は、すぐに彼のことを忘れてしまったようでした。
 雨は三日降り続けました。やがて小雨になり、一週間たってもまだやみません。
 今度は一転、雨が延々降り続けました。
 ひと月後、娘はこっそり西隣の町を訪ねましたが、あの雨売りは見つかりませんでした。あんなに近くで話もしたのに、顔をもう思い出せない。ねずみ色のコートと帽子、不安定に傾く一輪車が、瞼にちらつくばかりでした。

 以来、町は何度も水害に見舞われました。
 しかし、もともと雨水のろ過や貯水の技術に長けていたので、水防工法を学び研究する者が現れ、雨水の道となった川を整備し、堤防を築きました。
 町は、雨と共存する道を探し始めました。水を扱う技術を格段に進歩させ、より効率を上げていきました。
 意外なことに、この町には雨が良く似合いました。
 石の壁に水が染みこみ、すべてが暗灰色になるとそれは美しかった。静謐で、物憂げで、幻想的。以前は雨が降っても町中忙しなく、こんな濃密な景色があることに気づかなかったのです。
 数年が経った後、隣町に雨が来なくなったという不穏な噂を聞きました。この町の変貌と関係があったのかは、今日に至っても判りません。
 
 今では、雨煙る町として名前が知れ、客人がたくさん訪れるようになりました。
 芸術家にも愛され、様々な音楽や楽器、舞踊、絵画や物語などがここで生まれました。雨を扱った映画の上映会や、雨にまつわる本の図書館もあります。
 水の遊園地、大小のビオトープ。傘の名産地にもなりました。アーケードやオブジェには色鮮やかに組み合わせた傘が使われ、まるで花のようにモノトーンの背景を彩るのです…

 雨が降っていない絵は珍しいでしょう?
 それが気に入られたのなら、差し上げます。
 商品ではありませんの。件の干ばつの頃に描いた拙い習作ですから。
 私がまだ年頃の娘だった、遠い昔のことです。


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