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W・アーム・スープレックスさん

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将来の夢
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着信音

16/06/08 コンテスト(テーマ):第111回 時空モノガタリ文学賞 【 蕎麦 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:524

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蕎麦に関する話で、まっさきにおもいだすのはやっぱり、加代という名の昔つきあっていた女のことかな。最近やたら外人っぽい容姿の女性が多い中で、加代はめずらしく純日本風の顔立ちをしていた。どことなくあんたにも似ているかな。
ある夜、彼女と二人で部屋にいるときいきなり『ずるずる……ずるずる』と言う音が聞こえだした。
最初きいたときは、なんの音だと眉をひそめた俺だったが、彼女がバッグから取り出した、それが携帯電話の着信音だとわかって、おもわず俺は笑ってしまった。また変ったものを選んだものだ。
よほど蕎麦好きなんだなと言うと、案に相違して加代は、「私、蕎麦アレルギーなの」ときた。それも重篤らしく、ショック死もありえるようなことを言う。
じゃ、なんでまた、着信音に。
私には以前、結婚まで考えていた人がいたの。性格も趣味もぴったしな男性で、私のほうがぞっこんになっちゃって、半ば強引に結婚話にもっていったんだけど、彼のほうもまんざらじゃなく、私の勢いに圧されぎみながらも、家族にあってくれというところまでこぎつけた。私が喜びいさんで彼の実家にいったのはいうまでもないわ。ところが、彼の実家というのは明治からつづく老舗の蕎麦店だった。アレルギーの件は結婚してから告げるつもりでいた私が事情を説明すると、彼は納得したけれど、親御さんのほうが、いずれは息子に店を継がせるつもりゆえ、そんな持病のある人を嫁にむかえるわけにはいかないときっぱりいわれてしまったというわけなの。
彼のことはいまでも深く心に刻まれていて、諦めきれない気持ちがこの着信音となって残っているのだそうだ。
世の中にはいろんなアレルギーで苦しんでいる連中がいるときくが、蕎麦のために惚れた男と別れた女がいたとは………。
もっとあなた、のみなさいな。それで、その加代さんという人、それからどうなったのかしら。あら、どうしたの、考えこんだりして。
「ほんとうだったよ」
「なんのこと」
「いや、あの女の言ってた話だよ。蕎麦アレルギーで、ショック死もおこすってやつだ。いくらなんでもそこまではと思っていたが………」
「もっとはっきりおっしゃいな」
「彼女の味噌汁にそっと、蕎麦粉をませてやったんだ―――ほんとに、てきめんだったな。あれほど激しいものとは考えなかった」
「どうしてそんなことしたの。―――さ、のんで、もっとのむのよ」
「そのとき俺は、セレブな女と結婚できるかどうかってときで、そんなときに加代のやつ、俺の子供ができたからいっしょになれってしつこく迫るから………」
加代は口から泡をふいてころげまわった。肌という肌に赤いすじがうかびあがり、彼女は喉元をしゃにむにかきむしりながら、俺に助けをもとめた。このままほっておけば、死ぬかもしれない。想像を絶する反応をみせる加代をまのあたりにしたとき、俺のなかに本当に殺意があたまをもたげた。俺は彼女から離れた。加代はなおも這いよってきた。そのとき、彼女の携帯が鳴った。
『づるづる………づるづる』
背後で鳴り続ける着信音から逃げるように、俺は彼女の部屋からとびだしていった。
「それから加代がどうなったのか、俺はしらない」
加代はそのときは死ななかった。隣人が異常をききつけてかけつけてき、救急車をよんだ。それから一週間後に、加代は回復することなく息をひきとった。アナフィラキシーショック死と判明したが、それ以上深く追及されることなくこのできごとは沙汰やみとなった。
『づるづる………づるづる』
「あれ、それは」
「俺のスマホの着信音だ。この音、彼女の部屋から逃げ出してからも、いつまでも俺の耳にこびりついてとれなかった。それで供養のつもりでこれを着信音にした」
「で、変わったの」
「うん。もう、この音で怯えることはなくなった。それに、人間の体って不思議だな、こんどは俺が蕎麦アレルギーになってしまったらしいんだ。少しでも蕎麦の入った食べものに対して、体が拒否反応をおこすようになった」
「それ、ほんとうなの」
「まちがいない。田舎へいったとき、蕎麦畑があって、しらずにとおりかかっだけで、呼吸困難におちいったほどだ」
あのとき、蕎麦粉のはいった味噌汁をのんでもだえ苦しんでいた加代の携帯に電話をしたのは、あたしだった。いくら呼んでもでないので、なにかあったのかと、すぐにかけつけてきたとき、彼女をのせた救急車は病院にむかうところだった。私は彼女の身の回りのものを用意しに、彼女の部屋にあがった。とたんに、気分がわるくなった。あたしもおなじ蕎麦アレルギーだったから、お膳の上の食べもののどれかに蕎麦がはいっていることをたちどころにさっした。
ようやく彼から真実を知ることができた。これで妹のかたきがうてる。
あとはどうやって、彼に蕎麦をたべさせるかだが、いずれその機会もおとずれることだろう。


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