1. トップページ
  2. 絵麻に降るあめ

待井小雨さん

待井久仁子というペンネームで「小説&まんが投稿屋」というサイトで、童話やホラーやよくわからない物語を投稿しています。 ご興味を持っていただけたら、よろしくお願い致します。

性別
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

4

絵麻に降るあめ

16/06/08 コンテスト(テーマ):第110回 時空モノガタリ文学賞 【 雨 】 コメント:2件 待井小雨 閲覧数:654

この作品を評価する

 雨をなめたらきっと甘いに違いないわ! と幼馴染の絵麻は言う。
 甘い物が好きな絵麻。僕の事を好きな絵麻。
「空が優しい気持ちで降らせるのが雨だもの、きっと絶対甘いのよ」
「甘いわけないだろ。それに雨は汚いから口に入れちゃいけないって言われてる」
 そっぽを向いて冷たく言っても絵麻は気にしない。幼稚園のおやつで配られる飴は絵麻の大好物だ。「雨」と「飴」は同じ名前だから、味も同じだと信じてる。僕は何だか飴が気に食わなくて、いつも絵麻に押し付けていた。
「お母さんに怒られるから食べたことないけど……でも絶対甘いのよ」
 優しい気持ちは甘いもの、絵麻はそんな事をたやすく言う。――だけど空から落ちるのなら、きっとあれは涙なのだと僕は思う。お母さんの涙はあったかいけれど、全然美味しくない。お母さんが僕を抱きしめるのは優しい気持ちからのはずなのに、その目から降る雨はひとつも甘くない。
「お母さんが圭を守ってあげるからね」
 そう言う声は優しいのに、お父さんの怒鳴り声のせいで降るお母さんの涙は苦くてしょっぱい。
「バレンタインのチョコあげる!」
 小学生になると絵麻から毎年チョコを贈られた。相変わらず僕の事を好きな絵麻。
「もらうけど、お返しはしないよ」
 そう言ってもうん、いいの、と絵麻は笑う。
 中学生になっても高校生になっても、絵麻は僕の事が好きだった。チョコを受け取って一緒に歩く帰り道、突然降り出した雨に絵麻は空に向かって口を開ける。
「汚いよ」
「ふふ、汚いよね。もう美味しくないのは知ってるの。全然甘くもない。だけど圭くんが隣にいると優しい気持ちでいっぱいになって、だからこの雨も甘いような気がしてくるの」
 二人でいると世界が優しくて甘いものに感じるの。そんな事をたやすく口にできる絵麻に、怒りが湧いた。
 母の雨は甘くなかった。ずっといつでも苦かった。いつか怖い事がなくなれば甘くなるかと思っていた。僕が守れるようになったら、冷たく悲しい雨ではなくなるのだと。……けれど、雨を降らせる母の方がいなくなった。優しい雨はもう降らない。
 圭くんが好きだよ、と変わらずに甘ったるい事を言う絵麻に腹立たしくなる。
「お前はいつも、そんな事ばっかり――」
 夢のように、甘いことばかり。
 世界を丸ごと信じている彼女が許せなくなり、僕はもらったばかりのチョコを地面に叩きつけた。
「こんな雨、冷たいばっかりだ!」
 何を言いたいのか分からなかった。雨が降るのが冷たくて嫌で、絵麻の顔が泣き顔になるのが嫌で、逃げ出した。
 ――絵麻はいつも隣で笑っていた。冷たくしても突き放しても、僕の隣にいたいのだと微笑んでばかり。
 絵麻の空に降るのはたくさんの味の綺麗な飴。カラフルな幸福の雨。なのに――僕はこの日、絵麻の世界の飴を苦くて不味い物にしたのかもしれない。そう考え始めると、後はもう悔やむ気持ちでいっぱいだった。
 悩んだまま眠りに落ちた夢の中、雲に座った絵麻が両手を広げて空からの飴を受け止めている。そのうち空が黒く塗りつぶされて、墨のような雨が降る。絵麻は傷ついた顔で泣いていた。
 ――「もしもバレンタインのお返しをくれるのなら、キャンディが良い」
 いつか言われた事を、目覚めた瞬間思い出す。
 校門の前で待ち伏せしていると、泣きはらした顔の絵麻が歩いてきた。僕に気付いて立ち止まる。
「……怒らせてごめんね」
 先に謝るのが絵麻なのは、何でなんだろう。どうして絵麻は僕を許すのだろう。
「泣かせてごめん、が優先だ。……お返し。バレンタインの」
「キャンディ――」
 色とりどりの飴がいっぱいに詰まった瓶を手渡すと、絵麻の表情がほどけて笑顔になった。――と思ったら、その目から涙がぽろりと落ちた。嬉しい、と言いながら流す涙を、甘そうだな――と感じた。
「もらっていい、僕も……」
 そう言うと、絵麻がびっくりした顔で僕を見たけれど、すぐに笑って頷いた。
「うん、一緒に。いつもね、圭くんと一緒に食べたいなって思ってたの」
 雨は好きじゃない。飴も好きじゃない。名前が似ているから気に食わない。食べてもきっと美味しくない。そう思っていた。――だけど、カラフルな飴はとても甘かった。
「残りは全部やる、絵麻に」
 そう言うと、「当然だよ、バレンタインのお返しなんだから」と笑われた。その笑顔に、何かがほどける心地がした。
 僕の世界に降る雨が苦くてもしょっぱくても構わない。絵麻に降る雨がこの飴のように色とりどりで優しい甘さに満ちているなら、僕はそれで構わない。――そう思えた。
「私の子どもみたいな話でもいいから、圭くんに降る雨が優しくて甘いものにならないかなって思っていたの」
 絵麻がぽつりとそう言って、僕は自分が抱いていた気持ちが絵麻と同じなのだと、ようやく気付いたのだった。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

16/06/08 クナリ

感情の動きといい登場人物の行動といい、たくさんの要素が、展開するストーリーで転がっていく、充実した作品でした。
盛りだくさんの内容が詰め込まれながらも構成が巧みなので、読みやすくも読みごたえがありました。

16/06/09 待井小雨

>クナリさん
コメントありがとうございます。
「読みやすい」と言っていただけて、安心しました。
文章というより箇条書きになってはいないだろうか、と不安になっておりましたので……。

ログイン