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吉岡 幸一さん

性別 男性
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【スコップ男】

16/06/08 コンテスト(テーマ):第110回 時空モノガタリ文学賞 【 雨 】 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:855

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 スコップ男は雨が降ると庭を掘っていた。雨の降っている間は朝でも夜でも時間に関係なく庭の穴を深くしていた。
 都会でも田舎でもない新興住宅街の真ん中に、スコップ男が引っ越してきたのは半年前の冬である。同じような二階建ての建売住宅が立ち並ぶこの地域には古くからの住人はおらず、皆新しく越してきた者ばかりで、他人の生活に干渉するものはいなかった。
 庭に穴を掘りはじめた当初は誰一人興味を示す者はいなかったが、穴が深くなるにつれ近隣住人の話題にのぼり始めていった。
 最初に声をかけてきたのは左隣に住む背の低い老女だった。なぜ穴を掘っているのか、と穴から首を出しているスコップ男に老女は率直に尋ねた。スコップ男は問いに答えることはせず睨みつけるだけだった。恐怖を感じた老女は家まで走って逃げた。その後も興味を覚えた幾人かの住人が声をかけたが、そのたびに睨み付けられるだけで何の収穫もなく帰っていった。
 庭といっても広い土地があるわけではない。他所の家が駐車場にしているスペースを庭地にしているだけだった。玄関の右前方三メートルの場所に人一人が入れる広さの穴を掘っていた。塀はスチールのため家の前の道から丸見えになっている。このため家の前を人が通るたびに覗きこまれていた。スコップ男は誰に覗きこまれようと気にしていなかった。穴の底だけを見つめて掘っていた。
 掘った土は穴の横に積まれていった。風に飛ばされたり、雨で流されたりしないようにブルーシートをかぶせていた。
 穴を掘るというだけで近所に迷惑をかけることがなかったので、誰も苦情を言わなかった。住人達はスコップ男のことをただ気味悪がっていただけだった。
 穴を掘りはじめて四か月、梯子を使わなければ穴の底に降りられない深さになっていた。およそ二メートル程だろうか。半年かけてその深さがどれほどなのか判断には苦しむところだが、スコップ男が雨の日だけに掘りすすめた結果がこの深さなのだ。
 ある雨の日、家の前に住む小学生の男の子が唐突に話しかけてきた。男の子はこれまで何度も家の前まで来ては覗きこんで帰っていたのだが、ついに好奇心を抑えられなくなったのだ。
 庭に入ってきて穴の底で土を掘っている男の真上から声をかけた。
「ねえ、なんで雨の日に穴なんか掘っているの。晴れてるときに掘らないの。井戸掘ってるの。ねえ、仕事はしていないの。一人暮らしなの。穴掘るのって楽しいの。何か埋まっているの」
 男の子は矢継ぎ早に質問するが、スコップ男は穴の底から睨みつけるだけで答えることはなかった。
 男の子はいったん家に帰ると小さなスコップを持ってすぐに戻ってきた。傘を置いてきて合羽を羽織っている。
「おじさんが穴を掘るのなら僕は山を作るよ。富士山にしようかな」そう言うと、男の子は穴の横に積まれた土をかき集め形を整えていった。
 穴から土が出されるほどに山は大きくなっていく。スコップ男は睨み付けるだけで、男の子を追い払うこともなく好きにさせていた。
 次の日から男の子は友達を連れてきて、その友達は別の友達を連れてきて、別の友達はさらに友達を連れて来るようになった。
 次第に穴の横で山を作る人が増えていった。
 雨の日以外スコップ男は家から出てこなかったので、やがて晴れている日に子供たちが代わりに穴を掘りはじめた。むろんスコップ男には無断である。
 近所の大人たちは穴が崩落することを恐れ、穴に入らないように諭したが、子供たちがまったく言うことを聞かないので、仕方なく穴掘りを手伝うようになっていった。
 このころには子供に害をなさないスコップ男のことを、大人たちは変人だけど無害と認定していた。
 晴れた日が長く続いた。スコップ男が家から出て来ることはなかった。
 近所の大人たちが穴を掘り、掘った土で子供たちが富士山を大きくしていった。
 そして雨が降り出す前に、高さ三メートルを超す巨大な富士山が完成した。富士山の裾野はスコップ男の庭一面を埋めるほどだった。
 さっそく穴掘りや山作りに参加した子供や大人が集まり、土山の前で宴会を開いた。大人は酒を飲み、子供はジュースを飲み、バーベキューをしながら富士山の完成を祝った。
 宴会の後、久しぶりに雨が降った。これまでの晴れを打ち消すほどの大雨だった。雨は月を隠し雷鳴を轟かせ大地をうった。家々の窓硝子が激しく震えた。
 翌朝、雨は嘘のように止んでいた。雲一つない青空に太陽は輝き家々の影は濃かった。
 最初に手伝い始めた男の子が朝一番にやってくると、富士の山が壊され、掘られた穴が埋められているのを発見した。山は消え、穴は綺麗に無くなっていた。
「な、なんでこんなことしたの」
 男の子は家のドアを力いっぱい何度も叩いたが、中からは物音ひとつ聞こえてこなかった。ドアを叩く音だけが住宅街に響いた。


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