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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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たずねてきた北海道

12/09/17 コンテスト(テーマ):第十五回 時空モノガタリ文学賞【 北海道 】 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:2376

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 ドアのそとで、大きな声がきこえた。
「こんにちは、おひまですか」
 私がその失礼な挨拶に怒りもせずにドアをあけたのは、実際死ぬほどひまをもてあましていたからにほかならない。
 玄関に、みたこともない男が立っていた。
「どちらさん?」
「北海道です」
「珍しいお名前ですね。で、ご用件は?」
「ちょっと、お話でもと思いまして」
 定年退職後、妻に先立たれた、一人暮らしの住いに、たずねてくるものなど皆無の私は、このちょっとの話に飢えていた。
 とはいえ、そんな孤独な人間につけこむ悪徳商法が横行している話を、先日民生委員から聞かされたばかりだった。
「なにも、セールスなんかするつもりはありませんよ」
 その言葉に嘘はなさそうだった。
「まあ、どうぞ」
「ありがとうございます」
 男は、私について、居間にあがってきた。そのとき、つけたままのテレビが、臨時ニュースを流していて、ヒステリックなアナウンスが私の耳を打った。
「北海道が突如、消滅しました。これはいったいどうしたことでしょう」
 なんのことかと画面をみると、ヘリコプターから映したと思える、限りもなくだだっぴろい海原が目にとまった。
「私がいなくなったから、みんな、泡を食っているようですね」
「はあ?」
「言ったでしょ、私が北海道です」
「あなたは人間ですが」
「これは、世を忍ぶ仮の姿です」
 わからない人には信じられないだろうが毎日、話し相手といえば洗面台の鏡に映る自分自身しかいない者にとっては、こんな相手がそばにいてくれるだけでも、ありがたいと思えるものなのだ。
「ここへはどうやってこられたのです」
「歩いてきました」
「北海道からだと、だいぶかかったでしょう」
「なに、たいしたことではありません」
「ちょっと蒸しますね。今年は残暑が厳しいから」
 男のほうから、なにやらひやりとした風がふきつけてきた。
「あれ、急に涼しくなりましたね」
「なにせ、北海道ですから」
 男はそれから北海道にちなむ名産品や、あちらの地名がからむ歌謡曲、季節めいた話題などをとりとめなく話しはじめた。話題が雪のことにおよぶと、彼の周囲に白いものがおちてきた。トウモロコシの収穫の話がでたときなどは、たちまち彼の手に黄金色のトウモロコシが二本、出現した。
「電子レンジでチンより、茹でるほうがいっそうおいしいかな」
 私はそのとおりにして、二人でそのトウモロコシに舌鼓をうった。
 いっしょにすごすうちに私には、この客人がたまらなく魅力的に思えだした。心のひろい人間を前にしたとき感じるあの、ゆったりとした解放感ほど気分を寛がせるものはない。
 そのときまた、テレビから興奮気味のアナウンスががなりたてた。
「北海道の消滅は、日本の沈没を予告しているのでしょうか」
「なんか大変なことになっていますね」
 私がなにげなくいった言葉に、客人は急におちつきをなくしだした。
「そろそろ、もどるかな」
「もっといてくださいよ」
 私はおもわず懇願した。
「昼食、いっしょにいかがです? うまいウナギの店がそばにありますよ」
「お気遣い、ありがとう。だがやはり、日本国民を安心させるためにも、かえってやらねば」
 私は、彼をひきとめたいばかりについ、大声をだしていた。
「日本国民より、だれからも見放された独居老人を、これ以上寂しがらせないでください」 
 だが、客人の決意はかたかった。
「お世話になりました。これはお土産です。あなたの慰めにでもなればいいですが」
 テーブル上にふいに、水のはいったガラスケースが出現した。なかに黒ずんだ緑色をした毬藻が数個みとめられた。
「まりもの歌って、しっていますか」
 その歌をくちずさみながら、客人は部屋からでていった。高校の修学旅行のとき、バスの中でガイドが歌っていたのが、たしかその歌だったことをふと私は思いだした。
「必ずまた、訪ねてきてくださいよ」
 玄関から私は、こちらに背をむけて歩きだした彼に、真心こめてよびかけた。
 重い足取りで私は居間にもどった。彼がいなくなった室内は、もはやなにものにも埋めがたいまでの寂寥感がはびこっていた。そんな私の虚ろな耳に、かけたままのテレビの声がきこえてきた。
「―――北海道がふたたび、わたしたちのまえに、姿をあらわしました。なにが、どうなったのか、詮索はあとまわしにして、北海道がもどってきてくれたことを、ここは素直に喜ぶことにしましょう」
 私は、テレビを消した。うなだれたまま、数分をすごしたとき、だれかの声がドアの外からきこえた。
「ごめんください。ちょっと話をしにまいりました」
 私は玄関にとんでいくなり、ドアを全開にした。
 相手はぺこりと頭をさげて、
「どうも、尖閣諸島です。いまおひまですか?」
 私は、返事に困って、その場にたちつくした。


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このストーリーに関するコメント

12/11/05 草愛やし美

W・アーム・スープレックスさん、拝読しました。

いや〜面白い! この一言につきますね。最後のオチがまたいいです。なるほど、返事に困りますよね。尖閣が消えてしまったら……ある意味、ちょっとぞっとしました。

私の家にも、どこか訪ねてこないかしら、できれば、あの青い海、宮古島とか西表なんかでお願いできればなあと思います。青い海の中なんか見せていただければ、どれほど癒されることでしょう。あっ、テーマ「北海道」でしたね(苦笑)2000文字なのに、思う存分楽しめましたよ、ありがとうございました。

12/11/05 W・アーム・スープレックス

草藍さん、こんにちは。楽しいコメントをありがとうございました。
北海道が訪ねてくるなど、およそありえない話ですが、北海道を訪ねていては、ありえる話になってしまうと思って、このような作品になりました。
駄作の多い自作のなかでも、わりと好きな一編です。

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