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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

性別 女性
将来の夢 星座になること
座右の銘 珊瑚の夢は夜ひらく

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とわうみ

16/06/05 コンテスト(テーマ):第109回時空モノガタリ文学賞 【 旅 】 コメント:5件 そらの珊瑚 閲覧数:782

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 にぎわっていた海水浴客の姿も、お祭りみたいにカラフルな色して咲いたビーチパラソルも、秋になると海から姿を消した。
 今、それらにとってかわったのは、黒いサーフウエアに身を包んだサーファーたち。まるでカラスの群れのように波間に漂っている。

 余計な色はない。
 灰色の砂浜。
 青い空と海。
 白い波頭。
 
 能天気なサーファーたちが、羽の代わりに持っているのはサーフボード。良い波をうまく捕まえられれば、飛ぶことだって出来ちゃう。
 とりわけナミオの飛翔は、月並みな言葉だけど素敵だ。
 こうして陸から眺めていてもわかるほど、群れの中でひときわかっこいい。だけど10回に1回くらいは、勢いあまって9フィートのロングボードから滑り落ちて、海へ墜落する。
 笑っちゃうほど潔いから、それを失敗っていいたくないし、やっぱり素敵だと思ってしまう。

 潮風に吹かれるだけ吹かれて、見飽きるまでここでずっと見ていたい。

 とわに、このうみで。

 ああ、けどそれもあともう少し。来週にはナミオはハワイへ旅立つ。
 旅行ではなく
「旅に出る」
 つい先日、彼はそう言った。
「いつまで?」
 と訊くと
「夏の間にライフセーバーのアルバイトして貯めたお金が底をつくまで。とりあえず大学は休学するから」
 とナミオは答えた。真新しいパスポートを手にして。
「来年一緒に大学4年になって普通に就職するんだと思ってた」
「普通ってなんだよ」
「普通は普通よ。特別の反対」
「じゃあ普通じゃねえ方でイイや、おれ。自分の人生後悔したくなからさ。いや、違うかな。後悔してもやりたいことがあるってことかな。ハワイの波に乗るのが夢だったから」
「知ってる。でもさ、社会人になってからだって出来るじゃん」
「それじゃ遅いんだよ」
「わかんないよ、全然。旅? 夢? そんな言葉でごまかさないでよ。そんなの社会人になるのが嫌だからでしょ。ナミオは逃げてるだけだよ。旅なんかじゃない、ドロップアウトだよ」

 違う。本当に言いたかったのは、そんなことじゃない。
 いつだって、そう。
 肝心な時に限って、私の口から飛び出すのは、本流でない亜流の噴水だ。
 結果、大切な人を傷つけてしまう。

 「再婚する」と母から打ち明けられた時、本当は「おめでとう」って言ってあげたかったのに、出てきた言葉は「じゃあ、家を出る」だった。
 父が死んで10数年も経てばいろんな事柄が時効になることぐらい、わかっていたはずだったのに。
 思わず投げつけた
「父さんがかわいそう」
という言葉は母の心を傷つけたのち、ブーメランのように私の心に返ってきた。嘘吐き。死んだ父の事はぼんやりとしか覚えてないし、第一かわいそうだなんて本当は思っていなかった。
 ただ、母が変わってゆくことが許せない自分にいらだっていただけ。

 今また私は同じことをしようとしている。
 私は「連れてって」とナミオに言いたかったのかもしれない。
 もしもそう告げたら彼はどんな顔をするだろう。
 たぶん困った顔をするだろう。
 そして「ひとり旅なんだ」といくぶん悲しい眼をしていうかもしれない。
 そう、母もきっと変わりたかったに違いない。母を脱ぎ捨て、女になりたかっただけなのだ。
 同じようにナミオも変わる。変わらないのはこの江の島海岸の海だけだろうか。

 人は、変わってしまう生き物なんだと今更ながら腑に落ちた。

 網戸から海の匂いをまとった風が入り込み、ナミオが吐く煙草の煙と、窓際の貝殻で出来た風鈴を揺らしていく。
 澄んだ音色を、地球の果てまで追いかけたくなる。
 貝殻はいいね。死体になってなおこんなにも美しく歌う。
 けれど悲しくもある。
 だって、おまえの海は失われてしまったのだから。
 それはナミオと一緒に住み始めた二年前、江の島のお土産屋で一緒に買ってここに吊るしたものだった。

「待たないから」
「うん」
「それとも待ってるって言ったほうが良かった?」
「いいよ。心にもないこと言うなよ」

 ナミオと私の心は、上手にすれ違っていった。

「サメに食べられないでね」
「ハワイの海の藻屑になるんなら、それはそれで本望かもな」
「藻屑なんかにしてやらないから。そのサメ捕まえて、かまぼこ作って食べてやる」
「料理なんかしねえくせに」
「うるさい。本気出せば料理くらい出来るんだから」
 笑い合ったら、心がふいにやわらかくなっていく。群れから出て、本気でドロップアウトしていく覚悟の、陽に焼けたナミオの浅黒い顔がふいにまぶしくなって目を閉じた。

 いずれ私は引っ越すだろう。
 貝殻風鈴も捨ててゆくだろう。
 小麦色の肌も色あせ、やがて白くなるだろう。
 私も変わっていくだろう。

 波乗りバカのことを、素敵な思い出にするために。
 
 


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このストーリーに関するコメント

16/06/08 冬垣ひなた

そらの珊瑚さん、拝読しました。

人生の波間の人間模様、思いは強いほど人は変わっていくのでしょうね。
波乗りのように上手く別れたナミオと私は、違う旅路をいくはずですが、これからの人生にいい出会いが訪れるようにと願います。

16/06/13 泡沫恋歌

そらの珊瑚 様、拝読しました。

素直じゃない主人公が痛々しいほど切ないです。
ああ、この子はきっと本心を言えなくて・・・大事な人を何度も失っていくのだろう。
もう、思い出にできる準備ができてるなら乗り越えていけるでしょう。
たぶん強い女なんですね。

江の島かぁ〜私も関東に住んでる時に何度か行ったことあるよ。

なんだか応援したくなっちゃう主人公でした。

16/06/19 そらの珊瑚

冬垣ひなたさん、ありがとうございます。
海を見ていると同じように見えても、まったく同じ波は二度とないんだなあとかって思ったりします。
ちゃんと成就できた恋が、ふたりの新しい一歩へつながるといいなあと思います。

泡沫恋歌さん、ありがとうございます。
強がったことをいつかちょっと後悔する日もあるかも…
でもそれも含めての彼女という人間なのかもしれません。
江の島の海は泳ぐのにはちょっとためらいますが、海岸通りを眺めるのは
大好きでした。

16/06/20 たま

珊瑚さま、拝読しました♪

テーマが旅、舞台が海、当然のこととして抒情が生まれますが、それは珊瑚さんが詩人であるからでしょう。
小説家はある意味、抒情が苦手ですが、珊瑚さんの手にかかれば、こんな風合いの小説が書けちゃうんですね。うまいです。
イントロの、カラスの群れという描写からすでに、抒情は始まっています。会心作ですね♪

16/07/24 そらの珊瑚

たまさん、ありがとうございます。
おほめいただきまして、恐縮です。
カラスの群れという表現は実はユーミンの歌にあるんです。
いつか使いたいなあと思っていたので、使ってしまいました。

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