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しーたさん

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小説家症候群

16/06/03 コンテスト(テーマ):第109回時空モノガタリ文学賞 【 旅 】 コメント:0件 しーた 閲覧数:783

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〜それはきっと、物語を紡ぐ中で誰もが罹る幸せな病〜

 小説を書こう。
 とある休日の明け方、普段より早く目を覚ました彼は、ふとそう思った。
 話の構成をしっかり作り込んだりしているわけではなかったけれど、書きたいシーンが頭に浮かんだのだ。
 元々文章を書くのは好きな方だし、まあなんとかなるだろう。
 そんな考えを抱きつつ、ノートパソコンの電源ボタンを入れる。メモ帳を開いて二、三行文字を打ち込んで、すぐに打ち込んだ文字の数だけバックスペースキーを叩いて、そっとメモ帳を閉じた。
 ……書き方とか、何も知らなかった。
 よし、まずネットで小説の基本みたいなものを調べることにしよう。
 『小説 書き方』で検索をかけると、途方もない数のページが引っかかった。とりあえず、目に付いたサイトに入ってみる。
 そのサイトには、『!』や『?』の後ろは一マス開ける。改行したら一マス下げる。そんな基本的な小説の書き方から、登場人物の作り方、プロットの書き方、起承転結についてなんかが、わかりやすく説明されていた。
 一通り読み終えて、よしやろう、と気合いを入れる。
 不思議と自信が湧き上がってきて、今の自分なら超大作さえあっさり書けるような気がした。
 そんな自信を胸に、彼は再びメモ帳を開いて、ゆっくり文字を打ち込み始めた。

 数時間後、真っ白なメモ帳を前に彼は固まっていた。この数時間、メモ帳がずっと真っ白だったのかというとそんなことはなかったのだが、書いては消し書いては消しを繰り返した結果、メモ帳には何も残ってはいなかった。
 いきなり長い話を書くのは無理なのかもしれない……。
 溜息を吐きつつメモ帳を閉じて、再びネットを開く。
 目的もなく、彼はぼんやりとネットの波を彷徨った。

 どうやって辿り着いたのかはよく覚えていなかった。
 リンクで飛んだ先でまた目に付いたリンクに飛んで、気がつくと彼の目の前のモニターには、ショートストーリーを自由に投稿できるサイトが映し出されていた。
 字数制限は二千字。このくらいなら書き切れそうだ。
 テーマは『旅』。
 目を閉じて、構想を練る。
 ……上手く考えが纏まらない。
 なんとなく針の音がうるさくて時計を見ると、もう今日が終わろうという時間が差し迫っていた。
 寝食を忘れて、とはこういうことかと自分に感心しつつ、時計の音を頭の中から追い出すためにイヤホンを装着。立ち上がったついでにコーヒーを入れて、パソコンの前に戻る。
 一旦気分を変えようと思って、一番始めに見たサイトを参考にしようと履歴を開いた。
 数え切れない程の履歴の多さに目を丸くした。
 それは、文字通り足跡だった。
 何も知らなかった自分が少しだけ自信を付けた、今日一日の軌跡だった。
 思えば、遠くまで来たものだ。
 そこで閃いた。
 テーマは『旅』。
 少しだけフィクションを交えつつ、今日のことを書こう。
 そう思って、彼は三たびメモ帳を開く。
 頭の中で構想を纏める。
 キーボードに両手を置いた。
 キーを叩く軽快な音が、時計の針の進む速度を追い越して静かにメロディーを奏でる。
 彼の意識の外側で、やがて今日は終わる。

 それからしばらくして。
 時計の音だけが、変わらず部屋には響いている。
 カップに注がれたコーヒーは飲み干され、その残り香さえ霧散して消えてしまっている。
 パソコンのモニターには『投稿しました。』の文字だけが表示されていて、光を放つ白い背景が眩しい。
 そんなパソコンの前で、彼は突っ伏して眠ってしまっている。
 電気も消さず、座ったまま寝息を立てる彼の横顔は、何かをやり遂げたような充足感で満たされていた。

 ふとした思い付きで始まった短い旅は昨日と共に終わってしまったけれど、彼はきっとすぐにまた旅に出るだろう。

 彼はもう、旅の楽しさを知ってしまったのだから。


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