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ちほさん

心のあたたかくなるお話を じっくりと書いてみたいです。

性別 女性
将来の夢 童話作家になること。
座右の銘 たいせつなのは、どれだけたくさんのことを したかではなく、どれだけ心をこめたかです。(マザー・テレサ)

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僕の得たもの、そして失ったもの

16/06/03 コンテスト(テーマ):第110回 時空モノガタリ文学賞 【 雨 】 コメント:0件 ちほ 閲覧数:697

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 雨降る街メモリーで、高校生をやっている僕は、ある日博物館の裏に広がる森に迷い込んだ。三時間も迷い続け、疲れ果てた頃、真っ白な洋館を見つけた。大きな窓から覗くと、僕と同じくらいの年齢の少年が窓際で一人チェスに興じていた。僕は、窓を軽く叩いた。彼の驚いた顔が、すぐに笑顔になる。彼は、慌てて家の中に入れてくれた。
「シャワーを浴びて。そこがシャワー室だよ。タオル持ってくる。外は、まだ雨なの?」
「いつだって、ここ『メモリー』は雨だよ」
「あぁ、ぼく、ここには来たばかりで」
 シャワーを浴びる僕に、彼は大きな声で尋ねてきた。
「君、チェスはする?」
 彼は、僕の親友になった。お互い何も語ることのない親友だった。それでも、特に問題はなく幸せで、「雨降る街メモリーに来て、やっとチェスの相手が出来たよ」と彼は笑う。
「雨、よく降るね」
「いつものことだよ」
 時間の流れなど気にもせず、窓際でもくもくとチェスの駒を動かす。窓に雨が叩きつける。そんなとき彼は、ふと手を休めて窓に額をつけて、外の世界を夢中になって見る。
「面白いのかい?」
「うん」
「外へ少し出てみようか?」
「……ここにいるよ」
「そうかい? 僕は、ちょっと外の空気を吸いに行く」
「タオルを用意しようか? 君は、いつもびしょぬれになって帰ってくるからね」
 ここは、いつだって雨が降り、そして静かに時が流れていく。僕は、いつからこの洋館にいるのか時間の感覚がつかめなくなっていた。それでも、間違いなく幸せな時間を過ごせていたので、彼に何の質問もしなかった。一つでも質問すれば、全てを失うような気がしていた。彼は、雨に憧れていた。でも、決して外へは出ない。僕は、彼を知ろうとしないことに決めていた。
「ほーらほら、チェックメイト……にしちゃっていいかな?」
 無邪気に君は笑う。それでいい。
 
 ある夕暮れ時、何とかいう研究所の人が来た。博士と呼ばれる老人が一人と、彼の助手が二人。
「ここは僕の親友の家なんです。土足で上がり込むのは失礼でしょう」
 僕は怒った。この洋館は、彼と僕の聖域なのだ。誰にも触れさせたくなかった。
「何を言っているんだね、君。ここは研究所の一つなのだよ」
 博士は、特に不機嫌になりもせず教えてくれた。でも、僕は信じたくなかった。
「出ていってください!」
 僕は、彼らを追い出そうとした。僕の親友は、珍しく留守にしている。帰ってくる前に、こんな非常識で怪しげな奴らなど追い出そうと思っていた。
「ふぅ、まいったね。じゃあ、これをごらん」
 博士は、立体映写機で少年の姿を壁に映した。その壁から、僕の親友がいつもの彼と一寸違わぬ姿で現れた。唇が茶目っけたっぷりに動き、あのセリフを口にする。

──ほーらほら、チェックメイト……にしちゃっていいかな?

 プログラムされたセリフ。でも優しい笑顔は、いつもの彼である。
「雨に憧れたドールは、最終的にはどうなるかという研究。わかったかな? あっ!」
 親友は家を飛び出した。僕も博士たちも後を追う。すぐに彼は足を止めて、雨を抱きしめたいと望んでいるかのように、両腕を空へ掲げて微笑む。曇天の空から差し込む光に包まれた彼は、次の一瞬で姿を消した。
「雨に憧れ続けた末、溶けるとわかっていながら本当に雨に飛び込んだドールなんて、わしの開発したドールでは初めてだ。記録したまえ」
 博士が助手に指示を出した。僕は、親友の抜け殻を手にして、まだ夢を見ているような心地がしていた。夢なら、何処から何処までが夢なのだろう?
「君、協力に感謝する」
 博士は、僕に三枚の銀貨を握らせた。僕が戸惑っていると、彼は優しく言った。
「早く君も、自分の帰るべき場所に帰りなさい」
「帰るべき場所?」
「おや、雨を浴び過ぎて忘れたのかい? ここ『メモリー』の雨は、人々の記憶を奪っていくのだよ。……君をドール博物館に返すのはもったいないなぁ。こんなによく出来たドール、ライバル社ケインにわざわざ連絡することもなかろう。うちに来なさい。雨が好きなのだろう? それだけで、もう第一級のドールだ。大切にするから、だから……おいっ、どこへ行くんだ!」
 薄れゆく記憶。雨が、僕の心を何処かへ押し流していく。僕は誰で、何処へ行くのか?
 もう記憶の彼方にいる君。君は、本当に存在したのだろうか? はっきりと「いたよ」と言ってくれる人は誰もいない。「いなかったよ」と言ってくれる人もいない。チェスが強かった君は、いつもこう言って笑っていた。

──ほーらほら、チェックメイト……にしちゃっていいかな?

 あぁ、僕は失いたくないのだ。君の記憶をなんとしてでも!
 ふと足を止めた。天を仰ぐ。雨が、僕に降り注ぐ。
「君は……誰だっただろう? チェックメイト?」
 雨は止まない。



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