1. トップページ
  2. 雨のファンタジー

W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

投稿済みの作品

1

雨のファンタジー

16/05/29 コンテスト(テーマ):第110回 時空モノガタリ文学賞 【 雨 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:678

この作品を評価する

ふりしきる雨をとおして、ぼんやりと赤い光がみえてきた。
男は、雨のなかからただよってくる独特の匂いにひきつけられるように、ちっとも役にたたない傘をさしながら、その明かりにむかって足をはやめた。
上の道路からつづく石段のすぐ下に、その屋台はとまっていた。
それはまぎれもなくラーメン屋の屋台だった。
そこは石畳の敷きつめられた広場で、明るい昼間ならここに群がってくる鳩に、人が餌をやったり、休日などには子供たちがボール遊びを楽しむ光景がみられたことだろうが、屋台の提灯の灯りが、かえって辺りの暗さを強調しているような深夜に、しかもこの大雨のなかを、食べにくるものなどあるのだろうかといぶかりながら、男は屋台をのぞいた。
「いらっしゃい」
小柄なおやじが、笑顔をむけた。
「おやじさん、こんな雨の夜に、客なんかくるのかい」
おやじはこたえるかわりに、だまって男の顔をみかえした。
男は、腰かけに、尻をのせた。すでにびしょ濡れの身、いまさら雨を避ける気にもならなかった。
「ラーメンもらおうか」
「ありがとうございます」
おやじが出汁に火をいれ、麺をゆがきだした。
こんな日に屋台を出すおやじもおやじだが、客になった俺も俺だなと、ひとり男はおかしがった。背後をみると、屋台の灯りが届くわずかの範囲にうかびあがる、ひっきりなしに雨飛沫をはねかえしている石畳が、どこか異国情緒を醸していた。そのためか彼には、ここがどこか遠くの世界のように感じられた。
ふと足音が、きこえたような気がした。てっきり雨音のいたずらだろうと彼がおもったとき、ふいに横に、赤い服の女がたった。
「ラーメン、お願い」
「いらっしゃい」
おやじは、どこか得意そうな目で、ちらと彼の顔をみた。
女は傘を屋台の横にたてかけてから、彼の横にすわった。彼女も同様、いまさら濡れた体をどうこうしてもはじまらないといったふうに、屋台のひさしではふせぎきれない雨を、平然と背中でうけていた。
「おまち」
彼のまえに、こってり出汁のラーメンが置かれた。
箸を割り、鉢に口をつけた男の口から、おもわず、
「うまい」
そしてずるずると音をたてながら麺をすすりだした。となりから女が、その様子にじっと見入っている。
「あたしもはやく、食べたいな」
その口ぶりがまるで、おなかをすかせた子供のようだったので、男も気安く、
「さきに食べて、わるいね」
「あら、おきづかいなく。まったぶん、よりおいしく食べれるでしょうから」
そんな会話からはじまって二人は、ずいぶんうちとけて口をきくようになった。屋台をとりかこむ雨が、まるで密室のような効果をつくりだしていて、この場を、ラーメンのスープ同様、濃密な雰囲気に包みこんでいた。
男はいったん鉢を置くと、なにやら思惑ありげに女をながめた。おやじには、そんな彼が、二人きりになれるところに女を誘いたがっているようにおもえた。女のほうもまた、彼の胸のうちはすっかりみぬいたというように、なにやらおもわせぶりな笑みをうかべている。
そんなことは露しらぬといった顔つきで、おやじは女にラーメンをさしだした。
女は、冷えた体をはやく温めようとでもするかのように、鉢に口をつけて一心に食べはじめた。
雨はそれからも、なおもはげしくふりつづけた。
「ごちそうさま。おいしかったわ」
女は、きれいに空になった鉢を、台のうえに置いた。
「ありがとうございます」
おやじは、女が代金をとりだすのをみて、何もいわずにいる彼のほうを、じれったそうにうかがった。声をかけるなら、いまだよと、無言でうながした。
男はしかし、女がたちあがるのを、最後まで口をとざしたままながめていた。
「じゃ、ね」
女は男にむかって片目をとじてみせたあと、闇と雨のほかなにもみえないなかにむかって、身をひるがえした。
「あの闇のさきに、小型宇宙船でもとまっていて、彼女、それにのってどこか、異星にでもとんでいってしまったんじゃないだろうか。この雨をみていると、そんなファンタジーな思いにとらわれそうだ」
「そういうお客さんだって、どこかにワープできるスペースシップがまっていたりして」
「おやじさんも、SF映画のファンみたいだね」
男が笑いながら、濡れた石畳の上に足をふみだしていくのをみおくってから、おやじはあとかたづけをはじめた。
そしてもういちど、誰もいなくなった広場にゆっくりと首をめぐらしたかとおもうと、手前のなにかに手をふれた。
ひときわ提灯の灯りが明るさをましはじめた。膨張したその赤い光が屋台のすべてをすっぽり包みこむのにさして時間はかからなかった。
数分後、石畳を赤く照らしだしながら、おやじとともに空中高くに浮かびあがっていった屋台は、まもなく雨のなかにとけこむように消えていった。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン