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クナリさん

小説が出版されることになりました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より、平成28年5月20日発売です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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雨音の檻、震える熱

16/05/28 コンテスト(テーマ):第110回 時空モノガタリ文学賞 【 雨 】 コメント:6件 クナリ 閲覧数:1012

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 私の通う高校の、屋上へ続く扉の前の踊り場は、強い雨が降ると雨音がやかましく響く。
 屋上への扉は施錠されているので、ここに来る生徒は滅多にいない。せいぜい私と、同級生のミカワだけだった。
 休み時間に教室にいたくない私にとってちょうどいい逃げ場所が見つかったと思ったのに、こともあろうに同級生の男子とハチ合わせことになるとはと、胸中で舌打ちした。まあ別に嫌な奴ではなかったので、居心地が特別悪いということもないのは有り難かった。
 屋上の扉の前、二人っきりで踊り場に座りながら、私たちは特に何を話すでもなく、それぞれの携帯電話などを眺めて休み時間を潰していた。
 ミカワも私に、用もないのに話しかけてはこなか った。私 は私なりの事情でここにいるのだということに、配慮してくれているのかもしれないと思った。あるいは、ただ単に面倒なのか。
 少なくとも、女として興味を抱いていないはずの私に、たまたま傍にいるからという理由で浮かれたりちょっかいを出したりはしない性格のようだった。
 男に構えなくていい空間は、私にとっては有り難かった。

 そうして一月ほど過ぎた頃。
 昼休みに雨が降っており、絶え間ない雑音の中で、相変わらず私たちは並んで座って携帯電話を操作していた。
 いきなり私が、短い悲鳴を上げて携帯電話を取り落とした。なけなしの社会性を発揮したミカワが、おっくうそうに「大丈夫?」などと言ってくる。
 電話の液晶画面が、彼の方を向いていた 。だからミカワの視界にその画面が入り、私が義父に撮られた写真を見られてしまった。
 こんなものを白昼堂々送信してくるなんて、やはりあの男はどうかしている。
 私は慌てて画面を消した。
 雨の音が、私たちを包んでいる。他の音は聞こえない。
「言っとくけど、誰にも言わねえよ」
 私は、羞恥と混乱の局地にいる時 にそう言われて、これまで必死に保っていたタガが外れてしまった。
 母が出て行ってから、私が義父に何をされているのか。恥ずかしくて苦しくて、とても教室の中で皆と笑ってなんかいられない。
 雨音に隔絶された空間で、私は、ともすれば一生誰にも言わないで言おうと思ったことを、仲良くもない級友にあらいざらい話してしまった。そんなに思い詰めていたなんて、自分でも気づかなかった。
「……それで全部? それを聞いて俺は、どうすればいい?」
「……聞いたことにしたり、……しなかったり、してほしい」
「何だか難しいな。努力するよ」
 そう言ってミカワは、自分の携帯電話の画面を私に見せた。そこには人の名前が並んでいる。
「何これ?」
「俺の客のリスト。 この全員とやってる。皆おっさんばっか。俺、汚いだろ」
「あんた、そんなことしてんの」
「色々あってな、」
 私も、色々あった。
「怖い兄ちゃんに、そうしろって命令されてんだよ。あの人、ヤーさんだと思うんだよなあ」
「何、あんたって、ウラ社会と繋がるヤミの人間なの」
「馬鹿にしてんだろ」と苦笑するミカワ。
 あ、ああ。
 こいつ、あれか。
 自分の傷を晒すことで、相手を楽にしようとするタイプの人間か。超、不器用系の。
 私も苦笑した。
 久しぶりに笑った。
 雨音の檻は、私たちの全てを秘密のままにしてくれた。

 その日、帰るや否や、義父が私を押し倒した。
 もうすっかり慣れたつもりだったのに、この日はどうしても嫌で、私は肘で義父の横っ面を殴って家を飛び出した。
 雨はまだ続いていた。
 びしょ濡れで走っていると、住宅地の角に、傘を差して立つミカワを見つけた。路駐している、やたら頑丈そうな外車から、頭だけを出したグラサンの男と会話している。もしやあれが例のヤーさんか。
 ミカワを残して、車は走り去った。
 するとミカワは差していた傘を下ろして、私に気づかないまま、雨に打たれながら向こうへ向かって歩き始めた。
 私は、車を見送るミカワの表情が目に焼き付いていた。
 あれは、私が初めて義父に会った日、その優しそうな目鼻立ちに顔が紅潮して止まらなくなった時の、私の顔そのままだ。
 そうだ。最初は、喜んでいた。馬鹿だった。その馬鹿さ加減に自分で気がつくと、傘を差す気も失せるんだ。そうなんだよね。
 何が色々あってだ。笑えるよ。
 それでなんであいつらは屋根の下や車の中でピンシャンしてて、私たちは寒空の雨に濡れているのか。
 ねえ、待ってよ。
 見ちゃってごめんね。
 私は駆け出す。
 私とあんたは他人だし、結局は理解も同調もできはしない。
 でも、あんたが本当に泣きたくなった時は、私は遠く離れていても、せめてそれに気づいてやるよ。
 そのびしょ濡れの背中に、今はなんて声をかけよう。
 何だっていいかな。
 濡れて冷えた肌の奥にも震える熱があると、私たちには分かっているから。


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このストーリーに関するコメント

16/05/29 あずみの白馬

主人公が苦しい状況なのに、人を思いやる気持ちを失っていないのがすごいと思います。
この二人、なんとかなって欲しいと思わずにはいられませんでした。
素敵なお話をありがとうございました。

16/05/30 クナリ

あずみの白馬さん>
自分が主人公に選ぶ人材は、傾向として、他人が持つ善性や思いやりに感謝したり敬意を待つことができる、ということが多いようです。
その代わりにコミュニケーション能力が欠如していたりしますが……。
お陰でいくつも過ちをおかしたり傷ついたりするけど、いつかはその性質のために報われてほしいものです(他人事のように)。
コメント、ありがとうございました!

16/06/23 宮下 倖

拝読いたしました。
雨の日は、どうにも遣る瀬無い気もちになるときがあるのですが、作品を読了し同じような思いに駆られました。
このふたりに、どうか優しい雨が降りそそぎますようにと祈らずにはいられません。
切ないけれどすてきな作品でした。ありがとうございました!

16/06/23 クナリ

宮下倖さん>
雨というものが形作るのは、物理的なものだけでなくて、精神面への作用もあると思うんですよね。
別に濡れたからって怪我するわけでもなんでもないんですが、なんとなく身動きが封じられるイメージで。
それもあってこのようなストーリーラインになりました。
悩めるものが、みんな救われればいいのですけども……。

16/07/08 光石七

冷たい雨の中のやるせない状況、思い。でも、そこには優しさや温かさが確かにあって……
この二人、本当に今の状況を抜け出して幸せになってほしいものです。
内容もさることながら、タイトルも秀逸ですね。
素晴らしかったです!

16/07/10 クナリ

光石七さん>
タイトルは、こんなんでも一応毎回結構考えているので、言及して頂けてうれしいです!
でもどんどんパターン化して行く気がして困っちゃう(^^;)。
自分が書きたいものがなんなのかは、もちろん毎回作品ごとに変わるのですが、最終的には人の温かみみたいなものが描きたい…はず(小声)…なので、その辺が著せていたらいいのですがッ。

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