1. トップページ
  2. さよなら、金子商店

前田沙耶子さん

性別 女性
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

5

さよなら、金子商店

16/05/26 コンテスト(テーマ):第110回 時空モノガタリ文学賞 【 雨 】 コメント:2件 前田沙耶子 閲覧数:806

この作品を評価する

僕にとっては突然でも他の人には必然だったらしい、雨。小さく舌打ちをした。たまに実家に戻るとこうして嫌なことばかり起こるのは気のせいだろうか。

僕の実家はカジワラサイクルという自転車屋を営んでいる。ここらに自転車屋はうちしか無いのでそこそこ儲かっているらしい。大学進学を機に上京した僕はそのまま東京で就職する気満々だったが、両親は長男なのだから戻ってきて店を継げ、とうるさい。正直な話、こんな片田舎で自転車を売って一生を終えるなんてごめんだった。僕は華やかな東京にいたい。今夜もそのことで親父と喧嘩し、衝動的に家を飛び出してきたばかりなのだった。

とりあえずパーカーのフードを被る。傘を取りに戻るのも癪だし、どこかでビニ傘でも買おう。どこか、と言っても、ここからだと一番近いのは、数メートル先のあそこしかないのだが。

僕が生まれる前からある小さなお店。色褪せた看板には、同じく色褪せた字で「金子商店」と書いてある。その名の通り金子さん一家が家族4人で経営していて、レジにはたいていおじさんかおばさん、時々若い女の子や男の子が座っている。閉店は8時、今7時56分。きっと滑り込みセーフにしてくれるだろう。僕は走って金子商店の軒下に入り込み、服に纏わりついている水滴を払って、店の戸を引いた。

前方から、「ようこそ金子商店へ!」と普段絶対にないようなはきはきとした丁寧な挨拶が聞こえて、いつものおじさんとおばさん、それにやはりたまにレジにいる女の子と男の子が、揃ってお辞儀をしていた。4人はまた揃って言う。
「いらっしゃいませ、最後のお客様」
……傘を買いに来ただけなのに、どうしてこんなことになっているのだろうか。

金子商店は今日限りで閉店するらしい。
道の少し先に出来たスーパーマーケットに客を取られ、客足が遠のいてしまったらしい。小さな商店が大手チェーン店に勝てるはずもなく、三代続いた金子商店を閉めることにしたのだそうだ。
「だからね、最後のお客様を、精一杯もてなすことにしたんです」
とおじさんは言った。僕は図らずも「最後のお客様」になってしまったらしい。

何度も言うがちょっと傘を買いに来ただけなのだ。なのにどうして僕は、狭い店内を案内されているんだろう。小さい頃から見慣れている店内を。おばさんに、女の子に、男の子に、各コーナーについて説明される。ここは野菜売り場。ここは生活雑貨。ここは酒類の棚。「小さい頃によくジュースを買いに来ていた子が初めてビールをレジに持ってきた時は、感慨深かったわねえ」なんて思い出話まで聞かされる。はあ、と言うしかない。

最後に案内されたのはお菓子売り場だった。懐かしい駄菓子がたくさんあって、初めて少し笑みがこぼれた。小学校の遠足のとき、必死で500円以内に収まるよう計算しながら菓子を選んだことを思い出したりする。
その時、にこにこと立っているだけだったおじさんが初めて僕の側に来て、言った。
「君が小学生だった頃、万引き騒動があったのを覚えているかい?」
……ああそういえば、ここで万引きするのが流行ったことがあったっけ。みんなが今日はどれだけ盗ったかを自慢し合っていて、正直不快だったのを思い出した。はい、と答えると、おじさんはにっこり笑った。
「じゃあ君がそれを止めてくれたことは?」
記憶は芋づる式に甦る。あれは確か夏休み、グミをポケットに入れた下級生の男の子を偶然見かけた。それで僕は何となく、そんなことしちゃダメだろ、と注意したのだ。
「……君に自覚はないのかもしれないけど、あれがきっかけで万引きが目に見えて減ったんだ。……もしあのまま万引きが続いていたら、うちはそのせいであの時に潰れていたかもしれない」
知らなかった。僕にとっては本当に何気ない行動だったのだ。なのに、金子商店には大きな影響を与えていた。 その偶然がもたらした必然。僕がこの店を救った。そう考えると、なんだかとても嬉しくなった。
「うちの店を、……金子商店を助けてくれて、本当にありがとう」
いつの間にか4人が並んでいて、揃って深々と頭を下げられる。

「最後のお客さんが君で、本当によかった」


500円の透明なジャンプ傘を購入して、金子商店は役目を終えた。来た時と同じ、4人分のはきはきとした「ありがとうございました」に見送られて店を出る。なんだか涙が出そうな気がして、振り向けなかった。

雨はとっくに上がっていた。それでも僕は買ったばかりの、少し埃っぽい傘を差して歩いた。

家に帰ったらもう一度、親父と話し合ってみよう。僕は東京に残ることになるかもしれないし、ここに戻ってくることになるかもしれない。それでも、カジワラサイクルは何らかの形で残したい。雨上がりの独特の匂いを嗅ぎ、シャッターの閉まる音を後方に聞きながら、僕は強くそう思った。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

16/05/27 あきら兄

「必死で500円以内に収まるよう計算しながら菓子を選んだ」に共感。
500円にお菓子をぎゅうぎゅう詰めこんだ子供の頃が懐かしい。
ふしぎな、誠実な空気感が素敵です。

16/05/28 クナリ

独特の詩情が漂う、けれどこうした状況は確実に国内中で起きているのだろうな、と思わせられる作品でした。
お店にとって特別な存在である主人公が最後のお客になったことはちょっと偶然が勝ちすぎているかと思ったので、何らかの必然性や、逆にその偶然にお店の方が驚くなどの要素がある方が自然かと思いました。
登場人物に穏やかなリアリティがあるので、余計にそう思えるのかもしれませんが。
雨の降る情景から始まることでの雰囲気作りがあり、そしてラストでは時間経過と主人公の意識変化を象徴する雨上がりで終わるのには感嘆しました。

ログイン
アドセンス