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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで4年目に入りました。今まで以上に良い作品が書けるよう頑張りたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

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のさりの甘夏

16/05/23 コンテスト(テーマ):第108回 時空モノガタリ文学賞 【 甘夏 】 コメント:14件 冬垣ひなた 閲覧数:1671

時空モノガタリからの選評

水俣と甘夏にこのようなつながりがあったのですね。水俣を襲った苦難と、人々の甘夏への思いがよく伝わってきました。さほど一般的に知られていない事実を知ることができるのは、やはりノンフィクションの良さですよね。
 また特定の視点を定めないのもこの場合効果的ではないでしょうか。遠景からの簡潔な描写が、(個人よりも)水俣の歴史や風土、そこに暮らす人々の像を印象的に浮かび上がらせていると思います。「のさった」という方言の響きも魅力的ですね。2000字とは思えない内容だと思います。
 またいつも冬垣さんの作品からは、誠実さのようなものを印象として感じるのですが、ノンフィクション的作品の場合そうしたものは、特に大事ではないでしょうか(参考文献を毎回記載されているのも良いですね)。全体として優しく、芯の通った強さを感じる文で、読後感が良いですね。

時空モノガタリK

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 忘れ難い、5月が巡り来る。
 熊本県・不知火海(しらぬいかい)に面した山の斜面は、濃い緑に包まれていた。
 果樹園に注ぐ太陽の光は、日に日に増し、木々は新しい大地の果実を育むために花咲かす。小さく可憐な白い花が、艶のある葉の間から顔を覗かせ、柑橘類の花の芳香が農家の人々の鼻孔をくすぐった。
 健やかな甘夏の無事を祈りながら、今年もまた一年が始まった。
 ここからは住み慣れた漁師町を見下ろせる。
 近くて遠い海だった。
 昔、この穏やかな海は多くの魚が棲み、のさり(天の恵み)が彼らの生活を潤していた。今日はのさった、のさらんかったと先祖代々漁をしながら、この土地で暮らしてきた。
 その漁師が陸に上がって、甘夏作りに挑むのは過酷な運命だったが、彼らにはそうするしかなかった。
 あの頃から、海はひたすらに病んだのだから。


 1950年代、熊本県水俣市の漁村に100匹あまりいた猫が、次々と狂い死にしてゆき、魚が海に浮いたりするのを不審に思いながらも、原因は思い当たらず人々は気味悪がった。
 そうするうちに、小さな子供たちに犠牲が出た。
 それから大人。
 さらには赤ん坊までもが母親の胎内で被害が出た。
 手足が痺れ、疲れやすく動きづらくなり、頭痛や耳鳴りなど様々な症状が起き、ひどい場合はやはり死に至る。
 メチル水銀による中毒症状。
 「水俣病」の原因は、チッソ水俣工場の排水で汚染された魚介類を食したためという事は、早い段階で突き止められたが、工場側は事実を隠蔽したため、被害はいっそう拡大した。
 被害者の多くは、漁師とその家族であり、また町ではチッソで働く者も多かったため、事態は複雑化し、長くつらい差別と偏見に精神的にも苦しめられた。
 魚の獲れなくなった海に別れを告げ、水俣病患者の漁師らが生活の糧に選んだのが、木の生育が早い甘夏づくりだった。

 
 ――熊本の温暖な気候を生かし、甘夏を地元の特産品に育て上げる。
 藁にも縋る思いだった。
 彼らは海の見える場所で、大地と生きる道を選んだ。
 梅雨が終わり、夏が来る。


 たっぷり雨で潤った甘夏は、厳しい夏の時期に備える。木々は、青く堅い甘夏の果実が生っているその枝を、すくすくと育てる。
 遮るもののない果樹園には、太陽が容赦なく照り付ける。美味しい甘夏を育てるとはいえ、農家にとっては一番仕事のつらい時期だ。
 勢いづく草を刈り、余分に伸びた夏芽を取る。良くない果実を摘果しながら、果樹園の膨大な敷地一つ一つを丹念に手入れして回るのは、どんな者でも荷が重い。
 ましてや、年々老いていく病んだ体にはこれ以上とない位こたえる。
 だが手間を省くための農薬を減らすというのは、食を大切に考える彼ら自身の取り決めであった。
 刈った草も肥料になる。クモやテントウムシが害虫を食べ、モグラやミミズが豊かな土を耕す。
 そんな自然のサイクルを利用してたどり着いた濃厚な味わいを、自分の舌で確かめて、水俣の人々は地道に販路を広げていった。
 


 日々の仕事をこなす拳よりも、遙かに大きく育った甘夏は、秋の深まりとともに、緑から黄へと色づき、やがて一帯は何十回と繰り返した黄金色の冬を迎える……。


 冬。年を越した甘夏畑は、真夏よりも輝きを増す。
 いかに熊本が温暖な気候とはいえ、真冬ともなれば雪を被ることもある。時期を見極めながら、ついに収穫が始まる。
 樹々に鈴なりの甘夏が、一つ、また一つ、木から丁寧にハサミで切り取られる。
 収穫を手伝う家族らが今年の実りを感謝しながら、籠に積まれた甘夏はいったん倉庫に運ばれる。
 このまま寝かせて酸味を抜き、本格的な出荷が始まるのは寒さの和らぐ3月の頃だ。


 熟成した甘夏の厚い皮を割って、薄皮を剥くと、あの花より一層濃い香りが広がる。
 食べると粒の整った食感が果実の味わいを引き立て、舌の上でほんの少し苦みを残した甘酸っぱさを味わいながら、滴る果汁が喉を通るときの喜びは格別なものだ。
 今年も、のさったなあ。
 痛みを伴う空気でこわばった顔が、ようやく和らぐ。
 人生の酸いも苦いも、飲み干した瞬間だった。


 そんな季節を廻り、歳月は瞬く間に経つ。
 そして、震災に揺れた2016年。
 5月1日、水俣病公式確認から60年が過ぎた――。


 汚染された水俣湾は埋め立てられ、美しい海は戻ってきたが、今もなお病で苦しむ人たちがいる。遅々として保証は進まず、失った健康は誰も返してはくれなかったし、消えた命も戻ることはなかった。
 しかし水俣に根付いた甘夏の木々は、まるで自分が何ゆえにここにあるか知ったかのように、今も不知火の海に黙して、光にほのめく花を捧げる。
 ここに咲き、ここに実ることが、人々の生きた証なのだと――。


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このストーリーに関するコメント

16/05/23 冬垣ひなた

≪参考文献≫
・水俣病を知っていますか(高峰武・著)
・水俣の甘夏(DVD 公害の原点・水俣から学ぶ)

≪参考HP≫
・みなまたの甘夏(http://kibaru.iinaa.net/index.html)

16/05/25 泡沫恋歌

冬垣ひなた 様、拝読しました。

あの水俣病で有名だった地域で『甘夏』は作られているんですか。
知りませんでした、いや、勉強になりました。

冬垣さんは、なかなか社会派の物書きでいらっしゃる。
わたしはそういうのはあまり書かないというか、あまり知識がないから。
重いテーマですが、甘夏の酸味に絡ませて、いい味が出てました。

16/05/30 冬垣ひなた

海月漂さん、コメントありがとうございます。

様々な問題が現在継続中であるので、ラストをどのように表現するか難しかったですが、良かったと言っていただけて感謝します。コメントを励みにして、これからも精進していきたいと思いますのでよろしくお願いします。


泡沫恋歌さん、コメントありがとうございます。

数多くある柑橘系の中でなぜ甘夏だったかというと、植えて実がなるまで数年かかるわけですが、甘夏はそのスピードが早かったからだそうです。水俣の人々の甘夏の取り組みは、同様に多発する風評被害に対する一つの答えであるのだと思います。
ノンフィクションを長編で書くとなったら取材も必要だろうし、これも掌編だから出来る事と思うのです。重いテーマであっても読みやすいようにと、これからも心がけて行きたいです。

16/06/07 冬垣ひなた

子無狐さん、コメントありがとうございます。

今回はとても情報量が多く、描写にばらつきのないよう、特定の人物に視点を置かず書き上げることが目標だったので、水俣の町の甘夏らしさが描けていたなら良かったと思います。こちらこそお読みいただき感謝します。

16/06/08 犬飼根古太

冬垣ひなた様、拝読しました。

一読して凄いと思いました。
再読して「のさり(天の恵み)」などの独特の表現や水俣病の説明などが丁寧に書かれていることに改めて驚きました。コメント欄で参考文献と参考HPを書かれていて納得しました。私は調べたことを書くことが苦手ので心から感心しました。

そして何より、調べた事実をただ並べるだけでなく、物語として生き生きと描かれていることが素晴らしいです。

16/06/09 冬垣ひなた

犬飼根古太さん、コメントありがとうございます。

教養分野や地名など、回ってきたテーマによってはどうしても調べなければ進まない時もあって、時空モノガタリで書きだしてから随分鍛えられました。
事実に基づいた話なので、感情に流されすぎないよう甘夏の描写にこだわりましたが、上手く生かせていたようでほっとしました。

16/06/11 そらの珊瑚

冬垣ひなたさん、拝読しました。

水俣病の問題は教科書の1ページで済まされる歴史でもなく
また、終わったことなんかではなく、
被害者の方の苦しみは現実に続いているということをあらためて思いました。
それでも希望を失わずに生きている人がいるということ
そしてその証のような甘夏という果実の存在が凛として目に浮かぶようでした。

16/06/12 冬垣ひなた

そらの珊瑚さん、コメントありがとうございます。

自分で自分を励ましながらの難しい取り組みでした。生きているこの時代のことを、書いて伝えるというのは大切な事ですね。しかし伝えるプロである記者ですら、病気に無理解のエピソードがあって、物凄く考えさせられました。
今回甘夏というテーマを頂いて、短いながら人にどう伝えるかを自分なりに形にできたと思います。

16/06/12 光石七

拝読しました。
隣県に住んでいるのですが、恥ずかしながら甘夏が作られるようになった経緯を知りませんでした。
公式確認から六十年、地元紙でも特集記事が組まれていました。亡くなられた方、今も病に苦しんでおられる方、闘い続けておられる方――
「のさり」の裏にある辛い記憶と携わられる方々のご苦労を忘れてはなりませんね。
素晴らしい御作でした!

16/06/20 デヴォン黒桃

甘夏をテーマにして、もっと奥深いテーマを掘り下げて、人の営みを書き上げるというこの作品に、ジンと感動いたしました。
これからは甘夏を見るたびにこのことを思い出すとおもいます。

16/06/23 冬垣ひなた

光石七さん、コメントありがとうございます。

私の地元も柑橘類の産地で、写真などは丁度花咲いている時期に撮れたのですが、今回のテーマがなければ、意識して花の香りを楽しむという事をしたことがなかったし、改めて観察力の大切さを学びました。農家の人が育てる甘夏一つ一つに、たくさんの人々の思いのこもっていることを、これからも忘れないようにしたいと思います。


デヴォン黒桃さん、コメントありがとうございます。

今回は故郷を愛し甘夏に携わる人々の営みを描きたかったので、至らぬ身ではありますが、こうやってお届けできた作品が心に響いたと言って頂けて感謝します。
これからも精進していけるよう頑張ります。

16/07/26 冬垣ひなた

時空モノガタリKさま、コメントありがとうございます。

水俣と甘夏のつながりは、インターネットで調べるうちに知ったのですが、参考文献が見当たらず苦労しました。こうして書き上げることが出来て本当に良かったと思います。
若い世代では公害についてご存じない方も多いのではと思い、説明的な部分を取り入れたのですが、その分情景描写には力を入れました。
「のさった」という方言は、「水俣病はのさり」という水俣病患者の言葉に心動かされ、今回一番重点を置いた所なので、タイトルに入れました。
毎回色々手探りで書いている状態ですが、これからも自分なりの眼差しを大切にしていきたいと思います。

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