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各務由成さん

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恋する甘夏ちゃん

16/05/20 コンテスト(テーマ):第108回 時空モノガタリ文学賞 【 甘夏 】 コメント:0件 各務由成 閲覧数:719

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 甘夏ちゃんの名前は、以前から知っていた。
 この町では知らない人がいない有名人だ。
 あまなつちゃん、というのは勿論通り名で、それは彼女の、甘夏に対する異常なまでの感覚の鋭さに由来する。
 見ただけで産地と収穫時期が判るとか、数十m先の甘夏の香りを感知するとか、数々の噂が囁かれていた。

 故あって私は、今まさにその甘夏ちゃんのお屋敷の一室に通されていた。
 出されたお茶をすすりながら、広い縁側越しに庭を眺めていると、軽やかな足音が近づく。
 爽やかな橙色のワンピースの少女が現れた。10歳そこそこだろうか。丸みを帯びた頬のライン。
「お待たせしてすみません。日直の仕事で遅くなってしまいました」
「いや、こちらこそ、急なお願いを…」
 大人びた口調に、思わず畏まる。取引先との商談に似た緊張感が走った。
 甘夏ちゃんはとことこテーブルの向こうへ回り、お行儀よく座った。下ろしたランドセルをちょこんと横に置く。
「ようこそいらっしゃいました。では始めましょう」
 畳に手をつき深々と頭を下げられて、私も慌てて低頭する。現れて十数秒、すでにこの場の空気は甘夏ちゃんが支配していた。
 私に渡された目隠しを着けて、甘夏ちゃんは少し顎をあげた。
 香りに気づいたのだろうか。テーブルの上に並べた、食べ頃の5つの柑橘。
 夏みかん、美生柑、サンクイーン、ネーブル、そして甘夏。
 彼女の指先が、手探りながら軽快に果実を渡り歩く。すぐにひとつを手の平に乗せると「甘夏です」と差し出した。少しの迷いさえ、見せなかった。
「お見事」
 庭のししおどしが、かこーんと鳴り響いた。
 指先で少し撫でて見抜いてしまうとは。甘夏は、夏みかんと比べれば確かに小ぶりで、皮にもツヤがある。しかし、私にはこんなに鮮やかに見分けられない。噂が現実味を帯びてきた。
 更に、剥いた果肉を食べ比べてもらうと、口に近づけた時点で甘夏だけを確実に当ててきた。甘夏ちゃんの頬は、うっすら赤く染まってみえた。 
 能力は圧巻だった。私は決心し、改めてひとつのカップを取り出した。
「私の店で、4月から出している新商品、甘夏づくしです」
 目隠しを外したふたつの瞳が、潤むように光った。3層をなす橙と黄色のグラデーション。淡い色合いのパンナコッタの上の、ゼリーとジュレのきらめき。丸みを帯びた甘夏ちゃんの頬がまた、スプーンを手にしてぽっと色づく。
「旬の甘夏をたっぷり堪能できるものを提供したくて。試行錯誤してようやく完成しました」
 しかし、満を持して店頭に並んだ甘夏づくしは、なぜか売れ行きが悪かった。
 甘夏、というのがピンと来ないのだろうか。このままでは、幾らも食べてもらえないうちに夏が来てしまう。
 苦手なポップ作りに四苦八苦していた時、ふと思い出したのが甘夏ちゃんの存在だった。
 私が事情を述べる間にも、彼女は粛々と味わい、静かに語りだした。
「果汁のみを混ぜたパンナコッタは、舌ざわりも味もまろやか。ゼリーには果肉、ジュレには更にピールも入って、すっきり甘くほろ苦い。初夏を感じる、爽やかな食感と風味のハーモニーです」
 食レポの才能も感じさせる滑らかなコメントだった。嬉しい。失いかけた自信を取り戻せる気がした。
「地産の甘夏100%。甘夏づくしの名に恥じません。このおいしさを、もっと伝えましょう」
 頬を上気させ最後のひと口を頬張った甘夏ちゃんを見て、私は気づく。
 はしゃぎこそしないが、甘夏ちゃんのテンションは確実に上昇していた。
 爽やかな橙色、香り、手触り、瑞々しい果肉、甘みと苦み。甘夏の個性に五感で触れるたび、彼女の頬はほんのり染まる。
 まるで甘夏に恋しているように。

「どうか一筆、お願いします」
 私が恭しく進呈した色紙に、彼女は頼もしく頷いた。
 こうして、甘夏づくしは晴れて、かの有名な甘夏ちゃんのお墨付きとなった。小さい町だからこそ、この色紙は最高の説得力でお客様の関心を引くだろう。
 大きく目立つ商品名の後に、ランドセルの色鉛筆を取り出し描いてくれたイラスト付きのPR。感想も綴ってあった。
 下方には控えめに、学校名と学年、名前が並ぶ。目が留まった。
 夏川甘夏、と書かれている。

「かんな、と読みます。私の名前です」

 私は感動した。
 生まれながらにして、甘夏に祝福された娘さんなのだ。
 色紙の文字は可愛らしかったが、力強くもあった。これに恥じない商品を作り続けよう。
「お礼に、うちのケーキを持ってきました。もっと甘夏を入れてくるんだったな…」
 私は、ケーキを詰め合わせた箱を差し出した。
 嬉しそうに受け取る甘夏ちゃんからは、先ほどまでの神懸かり的な雰囲気はすっかり消えている。
「私、いちごのケーキは2番目に大好き」と、まん丸い頬の幼い笑顔を私に向けた。


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