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二人は光を

16/05/18 コンテスト(テーマ):第108回 時空モノガタリ文学賞 【 甘夏 】 コメント:0件 OSM 閲覧数:675

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 目を覚ましたコーキは、起き直って枕元の置き時計を見た。午前二時だった。視線を隣に移す。コーキの布団から三十センチほど離して敷いてある布団の上で、妻のヨーコが眠っている。コーキとは反対方向に体を向けている。もう五日もしていない、とコーキは思う。強引に目的を遂げようかという考えが胸を過ぎったが、実行には移さない。溜息をついて布団から抜け出し、寝室を後にする。
 廊下に出ると、食堂のテーブルの上で何かが淡く黄色く光っていた。光に歩み寄る。甘夏だ。今晩コーキが職場から帰宅した時からずっとその場所に置いてある、ヨーコが買ってきたものと思われる、甘夏。掌に載せ、まじまじと観察する。光を放っている点を除けば、何の変哲もない、ごく普通の甘夏だ。
 果物を食べる時、皮を剥くのはいつもヨーコの役目だ。コーキは包丁を上手く使えないので、ヨーコが代役を務めるのだ。梨、桃、林檎。どんな果物でも、ヨーコは実に上手に皮を剥いた。
 光る甘夏はどんな味がするのだろう? 食べてみたいが、ヨーコは剥いてくれないに違いない。なにせ僕たちはもう五日もしていないし、布団を三十センチ離して寝ている。こんな真夜中に、僕のためにわざわざ果物を剥くなんて――
 いや。コーキは暗闇の中で頭を振った。そうとは限らないぞ。ヨーコは恐らく、自分が買ってきた甘夏が光るとは知らないはずだ。光を放っているのを見れば、甘夏に興味を持つに違いない。食べたいと思うに違いない。ヨーコはきっと甘夏を剥いてくれる。頼んでみよう、今すぐに。
 コーキは甘夏を手に寝室に戻った。出て行く前と同じ姿勢、同じ寝顔でヨーコは眠っている。枕元に跪き、肩を弱く揺さぶる。唇から微かに声が洩れた。揺さぶる力を強めると、ヨーコは寝返りを打って仰向き、不承不承両の瞼を開いてコーキを見た。コーキは光る甘夏をヨーコの眼前に突き付けた。
「ヨーコ、お前が買ってきた甘夏、光ってるよ。光る甘夏なんて、僕は初めて見た。君だってそうだろう?」
 コーキは妻の顔を正視しながら、一言一句明瞭に発音するような話し方で喋る。
 ヨーコの顔に驚きの色は浮かばない。半分眠った目でぼんやりと甘夏を見ている。
「光る甘夏、どんな味がするんだろうね。ヨーコだって気になるだろう。皮、剥いてほしいな」
「なんでこんな夜中に甘夏なんか食べなきゃいけないの。意味分かんないんだけど」
 ヨーコは不機嫌そうな声で異を唱えた。だがコーキは怯まない。
「時間が経つと光らなくなるかもしれないだろう。僕は光っている甘夏が食べたいんだ。甘夏って、皮は包丁で剥くんだよね? 僕は包丁が使えないから、手を煩わせることになって悪いけど、頼むよ」
 ヨーコは緩慢に上体を起こした。夫の手から甘夏を奪い取る。溜息をついたかと思うと、持っているものを投げ捨てた。甘夏は床の上を転がり、壁に当たって停止した。ヨーコは再び横になり、目を瞑った。
 ヨーコのもとを離れ、壁に接して静止している甘夏を拾い上げる。その場からヨーコに眼差しを注ぐ。どうしてこうなってしまったのだろう。それ以外の言葉が浮かんでこない。
 コーキは頭を振り、寝室を出て台所に行った。俎を取り出し、その上に甘夏を載せる。包丁を握り締めたところで、途方に暮れてしまう。どうやって皮を剥けばいいのかが全く分からないのだ。
 僕はヨーコがいないと何も出来ない。
 その事実に打ちのめされ、コーキは呆然と闇の中に立ち尽くした。
「世話が焼けるわね」
 突然、背後から声が聞こえた。振り向くと、いつの間にかヨーコが立っていた。顔は依然として眠たそうだ。
「退いて」
 コーキは包丁を置き、脇へ退いた。ヨーコは包丁を握り、甘夏の上部に十字の切り込みを入れ、手で厚皮を剥き始めた。剥がれやすいらしく、あっと言う間に厚皮と実は分離した。厚皮は光を放つのを止めたが、実は依然として光り続けている。実を小房に分け、そのうちの二つの薄皮に包丁で切り込みを入れ、手で剥く。薄皮は光を失ったが、果肉はまだ光っている。
 ヨーコは果肉の一つをつまみ、自分の口へ運んだ。咀嚼し、嚥下する。
「うん、甘い」
 呟いて、残った一つをつまみ、コーキの鼻先に突き付ける。
 コーキはヨーコの指を口に含み、舌と唇を駆使して果肉を奪い取った。咀嚼し、嚥下する。震えるほど甘かった。
 後片付けを始めたヨーコを台所に残し、コーキは一足先に寝室に引き上げた。そして、二枚の敷き布団の間に広がる三十センチの距離を零にした。
 大丈夫、とコーキは心中で呟く。
 なぜならば二人は、光を食べた。


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