1. トップページ
  2. 独り狂いとハッカ飴

クナリさん

小説が出版されることになりました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より、平成28年5月20日発売です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211

性別
将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

投稿済みの作品

5

独り狂いとハッカ飴

16/05/14 コンテスト(テーマ):第109回時空モノガタリ文学賞 【 旅 】 コメント:6件 クナリ 閲覧数:1549

時空モノガタリからの選評

おそらく多くの人間は、「正気」であるという前提で生きていると思いますが、もしそうでないとして、本当のことに自力で気づくことは可能なのでしょうか。当人に見えている世界と、客観的な事実とのズレがあまりに激しく、恐ろしさを感じました。
 印象深かったのは「ハッカ飴」ですね。それが何かは明らかにならずとも、その食感の描写や執着具合から、何か異様なもの、中毒的なものが、ジワジワと予感として伝わってきます。この感覚が後半への伏線ともなっていて巧いと思います。
今作は、以前書かれていた「正気と狂気の交差点」と、似たテーマ上のものかと推察しますが、今回はストーリー性が強く、読みやすく展開されていて、また違った作風となっていますね。

時空モノガタリK

この作品を評価する

 勢いまかせで家出した中学生の所持金などたかが知れていて、一ヶ月もしないうちに底をついてしまった。
 家を出る時に一緒だったアカネはもういない。
 アカネは置き手紙代わりに、僕の好物のハッカ飴を残して去り、二人での逃避行は終わった。幼馴染とはいえ、彼女の家は稀有な資産家だ。温室のバラには、屋根の下の方がよく似合う。あの時は裏切られたと思った僕も、今はそれで正しかったと思っている。

 人目を避けながらの一人旅の中で迎えた、ある春の夜。
 僕は生まれた町に戻って来ていた。
 昔アカネと一緒に歩いた小学校への通学路を歩いていると、また正気が失せそうになった。夜は、こうなることが多い。
 僕は腰に下げた袋の中から、アカネのハッカ飴を取り出して口に入れた。
 飴は口の中で容易に溶けずに、ザラザラと僕の口蓋や舌を傷つける。それを噛み砕いて無理矢理飲み込む。僕はその痛みの中で落ち着く。
 これが、今の僕の魂の鎮静剤。なのに残りはもういくらもない。
 取り戻した正気を手放すまいと努めながら、僕は小学校にたどりついた。
 家出してからも、アカネは何だかんだとこの街から離れたがらなかった。僕らは、守衛もいないこの小学校の体育館の床下に潜んで暮らした。
 一緒に蒸発しようと僕を誘って来たのは、アカネだった。自分が温室育ちであることを、必死に否定しようとして。優しいようで無理解な親と、その寄付金に従属した学校への反逆。
 それなのに初めての孤独は、想像を遥かに超える圧倒的な力で、彼女を打ちのめした。
 二人にとって計算外だったのは、僕が全くアカネの精神を安定させる役に立たなかったことだ。
 夜の体育館の下で、家に帰りたがるアカネをなだめ疲れ、癇癪を起した彼女の頬を、僕は張った。
 その時のアカネの絶望的な表情を思い出して、僕の手がまたハッカ飴の袋に伸びる。
 彼女が僕の元からいなくなった夜、僕は飴を入れた袋を腰に吊るしてこの街を出たのだ。
 行き先もない一人旅へ。そして、ここへ戻って来た。

 暗闇の中、校庭の端を歩いていると、いきなり後ろから肩を掴まれた。
 悲鳴を上げて振り向くと、そこにいた男は僕に向かってまくし立てて来た。
「***だな。必ずここへ戻って来ると思っていた」
 僕の名前だ。待ち伏せされていたらしい。
「お巡りさんですね。僕は悪いことなど何もしていない。アカネの家出は彼女自身が望んだことです。誘拐でも何でもない」
「頼れる相手が、こんな狂った幼馴染しかいなかったことが、最大の不幸だったな」
「放して下さい。僕は、ハッカ飴を取りに来たんだ」
 僕は警察官を振り切り、校舎裏へ向かって駆け出した。

 どうしても言うことを聞かなくなったアカネの首を絞め、冷たくなった体をガソリンと古新聞と共に押し込めた焼却炉。
 あの夜、田舎の小学校の焼却炉の炎は校舎の陰になり、上る煙は夜陰と雲に隠れた。
 夜が明ける前に中を覗くと、炎が消えた後には、白くてもろい塊が残されていた。
 アカネは、どこにもいない。暖かで穏やかな、自分の家にでも帰ったのだろう。
 僕は、炉の中に残った白い塊を砕き、落ちていたコンビニの袋に入るだけ詰めて、街を出た。
 苦しい時はそれを砕いて飲めば、心が平穏で満たされた。

 あれを、早く補充しなければ。
 なのに、焼却炉の周りには杭が打たれ、近づけなくなっていた。
「飴だ? お前が何を言ってるんだか分からんが、その焼却炉をそのままにしておく訳がねえだろ。屑野郎」
 馬鹿な。あのハッカ飴が、もう手に入らない?
 一気に混乱が訪れた。異常な発汗が始まる。頭上から巨大な手のひらが覆い被さって来るような恐怖感。
 腰の袋の中に手をやる。しかし、中にはもう屑しか残っていない。
 再び、警官が僕の肩を掴んだ。畜生。
「放せと言ったのに! 警察なんかに何が分かる!」
「ほお、俺が警察に見えるのか。いよいよだな、お前」
 警察官の拳が、僕の腹やこめかみにめり込んだ。ひどい。どこへ訴えてやればいいだろう。
「妹の仇をどうやって討つか、今日まで散々考えたぜ。ぶっ壊れた頭でもちゃんと苦しめるくらい、死ぬより辛い目にあわせてやるからな」
 そして僕は、なぜか手錠ではなく縄で両手足を縛られて車に詰め込まれた。パトカーはセダンの印象が強かったので、バンなのが意外だ。
 車が走り出す。街の中心部ではなく、郊外へ向かうようだった。
 僕はまたどこかへ行くのか。
 とうに旅を終わらせたアカネは、今頃家でくつろいでいるのだろうか。幸せそうで、羨ましい。
 振動の中、また漆黒の恐怖に飲み込まれそうになって叫ぼうとしても、口もテープで塞がれている。
 ハッカ飴の尽きた袋が、腰の下で、カサカサと空しい音を立てた。
 いっそ狂ってしまえば楽になれるのに、と思った。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

16/05/29 泉 鳴巳

拝読致しました。
アカネの屍体を焼却炉に放り込んだ記憶はしっかりとあるのに、
「暖かで穏やかな、自分の家にでも帰ったのだろう」とは……。
ハッカ飴の下りと併せて狂気の深さを象徴しているようです。

ラストの「いっそ狂ってしまえば楽になれるのに」という言い回しが、
「狂ってしまったところで決して楽にはなれない」と暗に伝えているようで
思わずゾッとさせられる作品でした。

16/05/29 クナリ


泉鳴巳さん>
「一人称の主人公自体がどうかしてる」という構成が好きで、よく書きます。
狂っているというより、完全にベクトルが社会通念と異なっていて、自分がおかしいことに全く気付いていないような。
「幽霊」より、「価値観の相違」の方が怖い、という個人的な価値観によるものなのかもしれません。
1→2→3→4、と普通なら続いて行く思考や判断が、→の部分で完全に断裂していて、「Aさんをナイフで刺した」の延長線上に「Aさんが死んだ」があることが理解できない、という。
また、人を傷つけたら責められるということも、捕まるということも理解できる。ただ、それがなぜなのかは分からない…なども。
自分のホラーには、「霊魂」よりも「狂気」がキーになることが多いです。その「狂気」というのは、つきつめると「価値観の相違」になってしまうことが多いんですよね。「何がいけないんですか? 分かってないのはあなた達だ」…というような。

16/06/07 クナリ

海月漂さん>
「正気なままでの狂気の表現」って以前から腐心しているのですが、なかなか深く突っ込んでいくと書いている自分自身でも不愉快になってしまったりして、なかなか難しいです(^^;)。
スプラッタよりはサイコな恐怖を好むたちなので(嫌なたちだな)、なんとか追及していきたいのですが…。
コメント、ありがとうございました!

16/06/22 光石七

静かな狂気とでも言えばいいのでしょうか、主人公の一見普通のずれた思考が妙にリアルで、怖ろしさと哀しさを覚えました。
読み返してみて、早い段階から違和感を醸し出す文章があったことに気付き、巧みさに感嘆します。
素晴らしかったです!

16/06/23 クナリ

光石七さん>
まさにそういう効果を狙って書いたので、上手くいっているようで嬉しいです。
伏線というほどのものではありませんが、少しずつ「ん……?」という引っ掛かりの積み重ねでストーリー演出ができたらいいなあと思っています。
コメント、ありがとうございました!

ログイン