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高橋螢参郎さん

何でもいいから金と機会おくれ

性別 女性
将来の夢 二次元に入って箱崎星梨花ちゃんと結婚します
座右の銘 黙り虫、壁を破る

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三色の虹

16/05/09 コンテスト(テーマ):第107回 時空モノガタリ文学賞 【 色彩 】 コメント:0件 高橋螢参郎 閲覧数:819

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 僕は昔から、嘘をつくのがたまらなく嫌だった。親にそう躾けられたという以上に、生まれつき性に合っていなかった。
 そうやってありもしない嘘をつく事に一体何の意味があるのか。
 よく嘘をつくクラスメイトに問い詰めて泣かせた事もあった。別に糾弾しているつもりはなく、ただただ純粋な興味として聞いたつもりだったのだけど、そうとは伝わる筈もなく。それで何故か僕が意地悪なやつだと怒られる破目になったのも、当時はよくわからなかった。
 よく勘違いされるのだが、別に真面目に見られたいだとか、ちっぽけな正義感に基づいてやっていたわけじゃない。ただ自分から嘘をついて何かを捻じ曲げたり、壊してしまう事を僕は極端に恐れていた。
 つまりこの世を七、八十年ほどかけて通過するだけの人生について、迂闊な干渉を避け、どこまでも客観的にありたかったのだ。

 忘れもしない小学生の頃。クラスの窓に貼り出された四十二枚の虹の絵の中にたった一枚、三色の虹の絵があった。
 赤、オレンジ、黄色、緑、水色、青、紫。お決まりの七色に塗られたアーチたちが子どもらしい色づかいで廊下を鮮やかに彩っている中で、その絵は一際異彩を放っていた。
描かれていた虹には赤、青、黒の味気ない三色しかなく、その極端な、脈絡のない色相は確かに見る者を不安にさせた事だろう。事実として、「怖い」「不気味」との声がクラスメイトから次々に上がっていた。
 僕も何でそうなるのか不思議で仕方がなかった。この絵を描いた僕の眼には、はっきりとそう映っていたのだから。
 こっちが嘘をついていないという事は、あとは皆が嘘をついているとしか思えなかった。口裏を合わせて僕独りを陥れようとしているのだ。そう主張したら先生に頬を張られ、学校に母親を呼ばれた。
 僕はまず真っ先に色盲を疑われた。眼科で渋々検査を受けてそうではないとわかって尚虹は三色なのだと主張したら、今度はその足で精神科へと連れて行かれた。
 その頃には僕も薄々このやり取りの不毛さに気付き、
「ニジハナナイロデス、スミマセンデシタ」
 とだけ機械的に言って、それでようやくこの一件からは解放された。

 もちろん内心ではこんな馬鹿な話があるかと憤っていた。
 再提出用の絵を家で描かされながら、僕は虹が七色だという常識をずっと疑っていた。今描いているのはただの色の付いた線なのだと、震える手を抑えながら必死で言い聞かせた。
 何より、恐ろしかった。嘘もついていないのに嘘つきだというレッテルを学校で張られ続けるのが。
 これまで全くの平和そのものだった僕の世界の秩序が音を立てて崩れ去っていく。後年ガリレオ・ガリレイの伝記を耳にした時には、あまりの一致に運命すら感じたものだった。向こうからしたら、はた迷惑な話かも知れないが。
 僕は水彩で滲む画用紙に、最後の赤色をすっと一本引いた。刺々しく、鮮烈で、まるで作り物くさい色だった事を今でもしっかり覚えている。
 きっと明日学校に行けば、かつて問い詰めたあのクラスメイトもしたり顔で僕を糾弾しにかかるだろう。やっと理解した。本当に怖いのは嘘をつく事じゃなくて、嘘つきだと思われる事なのだ。
 それが嘘かどうかなんて事は大した問題じゃない。例えばあの日会った人間が全員僕の事を嫌いだったとすれば、いとも簡単に僕は嘘つきにされてしまうんだ。僕の意思とは関係なく、だ。
 それだけの事がいともたやすくできてしまう事実に、僕は生まれて初めてひどい戦慄を覚えた。僕の見えている虹の色がわからないように、人の心の中身なんてものもわからないものだ。人生の昏い深淵を覗き込んで、僕の眼の前は真っ暗になった。
 僕は絵筆をぎゅっと握り締めると、気付けばその硬い柄で自分の眼を抉り込むように衝いていた。とてつもなく痛かったけど、もうこれで嘘つきにならずに済むんだ。虹の色なんてもう関係ないんだと思うと心の底から勇気が沸いてきて、もう片方の眼も何とか頑張って潰す事ができた。
 目の前は最後に真っ赤になって、それからはもう何も映らなくなった。虹の色が何色だろうがそれでも地球が回っていようが、もう何も関係ない。誰がどう思おうが、僕の心は満たされる一方だった。


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