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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで4年目に入りました。今まで以上に良い作品が書けるよう頑張りたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

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薔薇窓

16/05/09 コンテスト(テーマ):第107回 時空モノガタリ文学賞 【 色彩 】 コメント:7件 冬垣ひなた 閲覧数:1221

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「神は光あれといわれ、光ができたわ」
 聖書の創世記を口ずさむ涼やかな少女の声。
 祈りを捧げていたアンナは、薄暗い教会の入り口を振り返った。
 まず少女の姿より、採光の良い南の扉の上にある巨大な薔薇窓が目に入る。
 天空の青、若草の緑、熟れた苺の赤、向日葵の黄、ミルクの乳白色……。あらゆる色の硝子が職人の細かい手仕事によって、透き通る絵画に仕上げられ、まるで幾多の花びらが重なるよう広がっている。
 聖書の教えと預言者たちを描いたステンドグラスは昼の光を含んで、ひときわ輝き虹色の光の滴を落とす。
 その扉の前に、ぼんやりとした姿が見え、やがて陰に佇む少女の姿が浮かび上がる。
「だからこの世界は、必ず美しいの」
 目の中で、その輪郭に薔薇窓の色が溶け込む。
 まるで聖母マリアの現身のようだ。慈悲深いシルヴィアの姿に、話に聞くミケランジェロのピエタをアンナは思った。
 


 こんな外れの町に似つかわしくなく、シルヴィアは洗練された都会の香りがする娘だった。歳はアンナより二つ上だというから、一二歳ということだが、この先の貴族の別邸で暮らしているのだろうか。あまり詳しくは教えてくれなかったが、教会に通ううち、二人はすぐに仲良くなった。
「見つかったら、しかられてしまうわ」
 そう言いながらも、シルヴィアは波打ち際で貝殻を拾い、牧草地で釣鐘草の花を摘み、二人でかけっこの真似事などした。アンナは嬉しかった。アンナの家は貧しく乱暴な父親に耐えるばかりで、友達などいなかったのだ。重苦しい灰色だった毎日を、シルヴィアは変えてくれた。
 遠くに教会が見える。薔薇窓も。
「ねえ。あの薔薇窓は見事だわ。どうしてあんなに綺麗なのかしら?」
 シルヴィアが聞くので、アンナは答えた。
「戦争がなかったからだそうです」
 硝子は脆い。幾度も戦禍に見舞われた都会の教会のステンドグラスには新しい技法が使われている。手間がかからず細かい模様が描ける半面、硝子の発色は古い技法とは違うのだ。この教会は古くから建っていて、薔薇窓は割れたことがない。そう神父様は仰っていた、とアンナは告げた。
「壊れてしまえば……二度とは元に戻らないのね」
 シルヴィアの顔が翳るのを、アンナは黙って見つめるのだった。

 
 そんなシルヴィアはあるとき、アンナに本を持ってきた。しかしアンナは恥ずかしがって受け取らずにいた。
「わたし、字が読めない……」
 この辺の子供は自分の名前を書くのに神父に手ほどきを受ける程度で、皆そうであったので、アンナはその事を別段なんとも思わなかったが、都会ではそれが当たり前なのかと愕然とした。
 そして急速に、楽しさが萎んでいくのを感じた。
 やっぱり、彼女は自分とは違う世界にいるのだ。
 それでもシルヴィアが丁寧に文字を教えてくれたお蔭で、自分以外の家族の名前が書けるようになってアンナは内心嬉しかったが、でもそこまでだった。


「字なんて、読めなくても別に……食べるには困らないもの。ねえ、シルヴィア、一緒に遊びましょうよ?」
「アンナ、どうして?文字が覚えられたら、聖書も読めるのよ?薔薇窓に彩られた世界を、もっと知りたくないの?」
「だって神は、お優しいもの」
 ステンドグラスは、神秘と叡智を分かりやすく広めるために作られた。文字を読めない者にも、神は等しく光をお与えになるのだと、アンナは知っている。その透かす硝子の色はとても暖かく、それだけで十分だと思った。
「それ以上知れば、何か恐ろしいような気がするの」
 アンナの言葉にシルヴィアは、微笑みを浮かべた。
「恐ろしい事なんてなにもないわ。アンナ、考えすぎよ」


 それからしばらくして、シルヴィアは町を去った。
 町の人々は噂していた。
 シルヴィアはやんごとなき方の落とし胤で、遠くの国へお輿入れ決まっていて、正式な決定まで静養に来ていたのだと。
 半ばは人質なのだろうが、これで、戦争が回避されるんじゃないか。
 大人たちはもっと難しい話をしていたが、アンナは耳を塞いだ。


 教会に駆け込むと、扉を勢いよく閉める。
 薔薇窓からはあの日と同じ、えも言えぬ天上の色が絶え間なく降っている。その色は、一度砕けて継ぎ合わせたシルヴィアの心の在処を透かし見るようだった。
 拡散した光のあたりには、シルヴィアの代わりに、彼女がくれた聖書や本がたくさん積まれていた。
『だからこの世界は、必ず美しいの』、そう言いながらシルヴィアは行ってしまった。
 この薔薇窓のなないろを、置き去りにして。


 本当は。
 シルヴィアは、こんなにも大切な本を、言葉も違う国に持って行くことを許されなかったのだとようやく知り、アンナは声を上げて泣いた。


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このストーリーに関するコメント

16/05/11 冬垣ひなた

≪補足説明≫
こちらの写真は「写真AC」からお借りしました。
左の写真は、フランス・パリのノートルダム大聖堂の薔薇窓です。

16/05/12 霜月秋介

冬垣ひなた様、拝読しました。

神聖な雰囲気ただよう内容ですね。教会でステンドグラスを眺めているような気分です。絵は言葉など必要なしに、人に何かを伝える力があるのですね。

16/05/18 冬垣ひなた

霜月秋介さん、コメントありがとうございます。

私たちは言葉が一番のコミュニケーションだと信じるのですが、これはごく最近の事であるし、
しかも平和な社会でしか成立しないのですね。
ステンドグラスが言葉を超える表現力で心を掴むのも、儚さゆえかもしれません。

16/05/25 泡沫恋歌

冬垣ひなた 様、拝読しました。

教会のステンドグラスってきれいですよね。
高校生の時に、友人がカトリック信者で玉造教会に連れて行ってもらったことがあります。
細川ガラシア夫人像とか、大聖堂のマリア様のステンドグラスがきれいでした。
このお話を読んで、そんなことを思い出しました。

16/06/04 冬垣ひなた

泡沫恋歌さん、コメントありがとうございます。

本物の教会のステンドグラスを見られる機会というのもあまりないですね。
中学の時の友人がやはりクリスチャンでした。彼女は不良相手に優しく純潔を説いていて、でもみんな真摯に耳を傾けていました。不思議な光景でした。信仰心というのは、誰の心にも綺麗な光を落とすもので、ステンドグラスはそれを具現化したものかもしれません。

16/06/11 そらの珊瑚

冬垣ひなたさん、拝読しました。

ステンドグラスの美しさは光を計算されていて、教会の窓に作ることで
天国の疑似体験を信者にもたらす、そのような趣旨を聞いたことがあります。
本当の現実はそんなに美しくないし、天国は死んでからしか行くことが叶わない場所。
無知のままでいられたらアンナは幸せであったのでしょうか。
哀しくも美しい物語でした。

16/06/12 冬垣ひなた

そらの珊瑚さん、コメントありがとうございます。

神聖なものを誰にでもわかるように表現したというのはやはり素晴らしい事だと思います。古くから人々が心の支えにしてきたのも理解できます。
今回は失楽園をメインテーマにしたのですが、人を愛すれば知ることに繋がる以上、いつまでも子供ではいられないのだと感じながら書きました。

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