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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで4年目に入りました。今まで以上に良い作品が書けるよう頑張りたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

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キトンブルーの雨〜とある猫のお話〜

16/04/25 コンテスト(テーマ):第106回 時空モノガタリ文学賞 【 ねこ 】 コメント:8件 冬垣ひなた 閲覧数:1229

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 君が家にやってきたのは、梅雨のさなか。
 知人が言うには、君は打ちつける雨の中たった一匹、夜の道路脇で鳴いていたそうだ。拾われた、それだけで奇跡だった。飼ってくれ。そう言われ渡された君は小さく震えていて、よろよろと立つのが精いっぱいの子猫でした。
 目を開けたばかりの子猫は全て、青みがかった曇り空をかさねたキトンブルーという色彩を経て、それぞれの目の色になって行く。
 君の目は、雨よりも重い色でした。
 生後1カ月。足元もおぼつかぬ君が、何故そんな過酷な状況に置かれたか理由は分からないけれど、キトンブルーの瞳に映る世界は、たいそう恐ろしいものだったに違いない。
 ちっちゃな茶虎の君。
 乳離れもしていない君がすくすくと成長したのも、今思えば奇跡でした。


 お母さんが恋しかったのか、何度も夜中に、私の寝床にやってきて一緒に寝ようとしたね。
 私たち家族にとっても初めて飼う猫だったから、それではと君の友達を迎え入れた。2匹が3匹になり、3匹が4匹になり、我が家が猫屋敷になったのは君が淋しがり屋だったからなんだよ。
 立派な雄猫なのに、よく子猫を毛づくろいして面倒を見ていたね。野良猫とも平気で渡り合える君が、子猫とのんびり寝る姿はとても微笑ましくて意外だったよ。
 家の前の河川敷で遊ぶのが大好きだった君。


 けれど、不幸は突然にやってくる。
 あの日、君は初めて家に帰らなかったね。


 3日ほど探しまわって、近所の茂みにうずくまって鳴いていた君を見つけ出したときはほっとした。
 けれどそんなに近くにいて、君は家に帰ることが出来なかったんだ。腰から下が立たず下半身を引きずる君が尋常な様子でない事はすぐに分かった。
 君は、車に跳ねられたのだ。
 大丈夫。そう信じすぐに動物病院に連れて行った。しかしレントゲンを見るお医者さんの表情は硬い。
 脚は無事ですが、脊髄を損傷しています。
 下半身不随。それが君につけられた診断だった。
 自力で排尿も出来ないでしょう?いずれ尿毒症で死んでしまいます。
 お医者様は、震える君に安楽死を勧めてくれた。


 そんな事は出来ません。
 君は家族です。


 そう口にする事自体、私たちの我儘だったはずです。
 けれどお医者様も、そして君も、根気強く我儘に付き合ってくれました。
 定期的に尿を出す手助けをしなければならないリハビリは大変でした。君の不自然にだらりとした脚に、少しでも感覚が戻るよう、曲げ伸ばしもしました。
 君の命は、すでに君の物ではなくなっていたのです。
 無理な延命措置によってただ生かされている、そんな気がしてきました。当たり前の事が出来ない、いつも苦しそうな君は死んだ方が楽だったんじゃないか、そうも思いました。
 だから、君がやがて家の中を前足だけで歩きはじめた時、私たちは驚きました。
 君は、生きる事を諦めてなんかいなかったのです。


 先の見えないリハビリが続きました。自力でおしっこができないのにトイレへ這って行く君が可哀想でなりません。
 私は居ても立ってもいられず、君を抱いて河川敷へと出かけました。大人になってから抱かれるのを嫌っていた君が歩けなくなって、腕の中とてもおとなしかったのを覚えています。
 草に覆われた土手の上、そこにはキトンブルーが広がっていました。
 手が届きそうな低い空にはたくさんの鳥が群れて、時が止まったように静かで。空を映す君の目は、私の肩の高さから鳥を追っていて。ずっと大きくなったのに、君はまるで子供に戻ったようでした。
 私は泣きそうになりました。
 君も人間なら、大声で泣けたのかもしれない。
 けれども、猫である君は黙って人の側に寄り添うのです。
 それが猫の悲しみの耐え方なのだと、君は教えてくれました。


 そんな君に変化が起こったのです。
「ニャアァァァ」
 ある日、トイレで大きく鳴いた君が、突然勢いよく尿を迸らせました。
 そして、その日を境に腰から下がひしゃげていたような君の後足は驚いた事にゆっくりと動き始め、元に戻り始めました。
 しかも、高い所に跳びあがれるほどに、見る見るうちに回復したのです!
 お医者様に言わせると、背骨が折れて脳からの指令が伝わらない代わりに、脊髄が脳の代わりに機能することが、本当に稀にあるのだそう。君のカルテは永久保存といわれるほどの、奇跡でした。

 
 もう悲しい雨は止みました。
 君がこの世を去って随分と経つけれど、我が家にまたこの春、子猫が生まれました。この子らの無垢な瞳を見るにつけ、君を思い出すのです。
 楽しかったですか?
 幸せでしたか?
 積もる話はまたいつか。ペットと飼い主が死んだら行くと伝わる、虹の橋のたもとで待っていてください。
 あどけない、キトンブルーの頃に戻って。


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このストーリーに関するコメント

16/04/25 冬垣ひなた

≪補足説明≫
・1993年6月20日、茶虎のチョビは我が家にやって来ました。映っている子猫は全て我が子ではありませんが、本当に面倒見の良い猫でした。彼には本当に色んな事を教えられました。
・左下の写真の子猫が、現在我が家にいる子猫です。フラッシュをたいたので割と明るく見えますが光を通さないキトンブルーは紺色に近く、そこから灰色がかったブルーを経て、金色などその猫独自の色に変化していきます。

16/04/26 そらの珊瑚

冬垣ひなたさん、拝読しました。

飼い猫が事故に遭い、安楽死を選択するかどうか、悩むだろうと思いますが、答などないのかもしれませんね。
それだけに奇跡が起こってほんとうに良かったです!
今頃は虹の橋のふもとで、元気よく跳ね回っていることでしょう。

16/04/27 冬垣ひなた

そらの珊瑚さん、コメントありがとうございます。

安楽死はペット医療では身近な問題ですね。切迫した状況で決断を迫られるので、始めに悩む余裕がありませんでした。チョビとお医者様がついてきてくれたというのが実際の所で、その事に本当に感謝したいです。この子の事は全部書くと軽く1万字超えるので今回はこの辺で。
最近、同じように下半身不随で車いすをつけて散歩するワンちゃんをお見かけました。色んな人が少しずつワンちゃんの幸せを考えているのだなと胸が熱くなりました。

16/04/30 滝沢朱音

読みながら、つい涙がにじみました。とてもよかった!
キトンブルー、調べてみました。素敵な色ですね。

「猫である君は黙って人の側に寄り添う。それが猫の悲しみの耐え方」
この描写、胸に沁みました。
きっと猫だけでなく、優しい人も同じなのかもしれません。
自分の悲しみを抑えてでも、他の人の心に寄り添おうとする。
人としてとてもむずかしい、気高い生き方のように思えます。

16/05/10 光石七

拝読しました。
読みながら何度も涙が出ました。奇跡が起こって本当に良かった!
とても優しくて、気高く生きた猫のお話。
月並みな言い方しかできませんが、感動しました!

16/05/14 冬垣ひなた

滝沢朱音さん、コメントありがとうございます。

色々書きながら、自分も泣いてしまいました。
20年以上も前のことを人に語るということもなかったので、
この機会を与えてくださった時空モノガタリさまに感謝します。

確かに、猫の行動は優しい人とも似ていますね。
中央下の写真の猫ちゃんは、普段はそっぽ向いて相手してくれないのですが
私が仕事で遅くなると毎晩駐車場まで迎えに来てくれました。
見ないふりでそっと見守る。そんな所があります。


光石七さん、コメントありがとうございます。

奇跡……。そうですね、思い出を大事にしまい込んでいるより、
こういう事は人に伝えていった方が良いのかもしれませんね。
猫のひたむきな想いを、少しでも汲めたらと書き上げました。
生き物の素晴らしさも、これからもっと伝えていけたらと思います。

16/05/25 泡沫恋歌

冬垣ひなた 様、拝読しました。

すごいお話ですね。
そんな奇跡が起きるんですか?
きっと自分の力で生きたいと願う猫君が起こした、
本当に神様さえも動かした、奇跡なのでしょう。

感動的なお話に心が震えました。ありがとうございます。

16/06/04 冬垣ひなた

泡沫恋歌さん、コメントありがとうございます。

多分、奇跡は人生に一度は起こるのだと思いますが、
それがこの時で本当に良かったです。
他の猫の生涯と比べても、チョビは特に生きたいという思いが強かったですね。
何事も諦めないという事は、この子から教わりました。

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