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ねこの宿命

16/04/25 コンテスト(テーマ):第106回 時空モノガタリ文学賞 【 ねこ 】 コメント:0件 ケイジロウ 閲覧数:466

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 夕方5時45分、ブルーの作業着姿のおじさんがレジ袋を片手にいつも通りやってきた。この近くの工場で働いているのだろうか、いつも同じ時間に同じ格好で登場する。おじさんはベンチの右端に座り、真ん中にレジ袋を置いた。おじさんは夕日に背中を向け、キラキラと輝く川の流れを見つめている。川辺にはアオサギが一匹ぼけーっと突っ立っているが、おじさんはそれに興味を示すこともなく、タバコに火をつけた。
 僕は「ニャー」とあいさつをし、ベンチの左端の空いたスペースに飛び乗った。おじさんは、「おう」と煙を吐きながら言い、レジ袋からカップ酒2瓶とさきイカを取り出した。油で汚れた手でイカをつかみ、「ほら、喰え」と僕の足の前に置いた。僕は「ニャー」と礼を言った。おじさんはカップ酒のキャップを取り、二本目の煙草に火をつける。
 河川敷に並んでいる桜の木が色付き始めている。来週中には満開をむかえるだろう。そして、徐々に人間の量が増えてくる。でも、今日はまだ大丈夫だ。アオサギがいるということは大丈夫だ。
「みんな、猫を目指すんだけど、いつの間にか犬になっていくんだよな。オレも例外じゃないがな。」
 おじさんが前を向いたままボソッとつぶやいた。「ほら、もっと喰え」と追加のイカを置いた。
「いいか、お前だって例外じゃないんだぞ。『ニャー』って言ったら喰いもんが出てくると思ってんだろう。いや、別に攻めているわけではないんだ。ただ、自分が今、何を行っているのか理解してないと本当の犬になっちゃうんだぞ。」
 また始まった。酒が入ると説教が始まる。その説教は僕に対してなのか、おじさん自身に対してなのかはよくわからない。
「結局、『明日の保証』がみんな欲しいんだ。『わかりました。では、この首輪をつけてください。私が座れと言ったら座ってください。その代り、あなたの明日は保証します。』、エラソーに!明日なんてものはあるのか?あるのは過去と今だけなんじゃないのか?今日を生きていない奴に明日なんてこないだろ。そんな奴らは、永遠に『今日』を繰り返してるだけなんだよ。わかるかお前に?」
「ニャー」
 アオサギが突然飛び立った。彼は今日を生きたのであろうか。僕はどうだろう。そして、おじさんはどうなんだろう。
「『明日の保証』がないっていうのは、そりゃ本当に孤独なもんなんだ。怖いもんなんだ。その孤独や恐怖に絶えなくちゃならんのだ。大変なんだぞ。でもな、味方は必ずいるもんだ。お前のことを理解しくれる奴は必ずいる。うん、必ずな。」
 ジョギングのお兄さんが近づいて来たので、おじさんはしゃべるのを中断した。お兄さんは軽くおじさんに会釈をし、おじさんも軽く返す。

 一週間後、僕の予想通り桜は満開をむかえた。アオサギはどこかに消え、大量の人間が河川敷を埋め尽くしている。僕は人間に見つからないように姿を隠した。でも、おじさんが待っているといけないので、いつもの時間になると、あのベンチの近くまで行った。
 僕たちのベンチには若いカップルが座っていた。ピンク色のコートを着た女が僕の姿を見つけ「ぅわぁ、可愛い」と騒ぎ出した。「こっちにおいで、たこ焼き食べる?」と優しい人のふりをしている。僕をピンクのコートに触れさせたくないのは明らかである。男の方はというと、交尾のことしか考えていないような面構えである。満開の桜、たこ焼き、ピンク色のコート、可愛い三毛猫(僕)のことなど、全く見えていない様子である。タバコをせかせかとふかしている。
 くだらない。僕はおじさんのことはあきらめてベンチから去った。お腹は空いているが、一食くらい抜いてもなんてことない。あのたこ焼きを食べるくらいなら、餓死した方がマシだ。宴会に乗り込み、『ニャー』とでもいえば何か食べ物にありつけるかもしれないが、今夜はそんな気分にならない。おじさんは戦っている。僕も戦わなくては。
 おじさんがいない夜は寂しい。孤独である。
 僕に味方なんているのだろうか。おじさんは僕のことを理解してくれているのだろうか。いや、僕には誰もいない。一人ぼっちだ。明日を考える余裕なんてない。これは猫の宿命なんだ。
 突然、デブな子犬が歯茎をむき出して僕を威嚇してきた。いつもなら無視する状況だが、なぜか威嚇し返した。するとデブな子犬は飼い主の後ろに回り、飼い主の足の隙間から威嚇してきた。飼い主は、足でバンバンっと地面をたたき、僕を追い払おうとしている。
 ケッ!僕は去った。相変わらず、デブな子犬はこちらに向かって吠え続けている。
 こんな夜は、油が付いたイカを食べながら、おじさんの酒臭い説教を聞いていたいのだ。


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